バイト明けで部屋で昼寝をしていると、ミシシシ、という不吉な屋鳴りの後、突如ドドド、という地響き轟いたのだ。地震か? 何事か! と外へ飛び出すと、何やら桑原の部屋からホコリが煙のように漏れ出ていた。ドタバタと何をやっているか、と覗いてみると、室内が凄まじい惨状になっていたのだ。桑原が安直に作りつけた棚が本の重さに耐えきれず、崩れたのである。本が入口付近にまであふれて容易に踏み込めない中、布団ごと半分本の山に埋もれた桑原は何とか自力で脱出したのだが、レオ子の姿が見えず、かすかに「にゃぁ」と泣き声がするのみ。すわ一大事、と探せどなかなか見つからず――
「四畳半で猫が迷子になったのは初めて見たし、遭難しかかってる奴も初めて見たよ」
「そのレオ子にも愛想をつかされた俺は――」
 桑原の演説が哀愁の音色を帯び始める。レオ子は本の隙間で震えていたのを何とか無事に発見したのだが、その後いつの間にかいなくなってしまったのである。これは、いつものパターンだ。女子関連の話題になると、結末が常に決まって悲しいロールプレイング・ゲームの世界に迷い込んだようになる。途中の妄想はそれなりに華々しくないこともないが、それがどう展開されようと、結論はただ空しいのである。
「単に、エサをやらなくなったからだろ?」と僕が吐き捨てると
「餌代も馬鹿にならないのだ。だいたい、さっきからずいぶん達観した言い草だが――まあ、お前はまだいいよなあ」と、桑原は壁に掛かったフォークギターを見て言う。
「それは幻想だぞ。ギターは外観的不利を補えるものでは、一切ない」
 そもそも、ギターが弾けたらモテる、なんて思っていた高校時代。どうしてそう思ったのか。全くもってそれは儚い夢であった。思い知ったことは、モテる奴はギターが弾けようと弾けまいとモテるが、モテない奴はたとえギターが弾けようとモテないのである。とは言え、今でもまだ、ほんの少しは「もしかしたら」と思っているのも事実なのだが。ただ実際の所、今はそっち方面の浮ついた事柄ににかまけている余裕が全くない。
「そうは言っても、お前のサークルはずいぶん華やかそうに見えるぞ。実際いい思いもしているじゃないか。二人きりで密室にこもったりで、色々とうらやましいこととか――」
 これは、「Re:Person」のことを言っているのである。
「言い方が気に入らないが『二人きりで密室』のくだりは否定しない。だが、それ以外は全部却下だ! やましいことは何も起こり得ないぞ」
 桑原は勘違いしているようだが、そもそも深川先輩とは純粋に音楽を通してのみの関係である。僕がギターをやっていなければ、いかなる偶然でも接点はなかったであろう、僕にとっては奇跡の存在だ。その証拠に例えば、深川先輩がこの部屋を訪ねて来る、などということは想像の中でさえ起こり得ず、逆に、僕が深川先輩の私生活に何か関わるようなことも、全くもって想像の範疇外なのだ。