二人の気安い雰囲気に、ようやく合点する。旧知の中であればあの砕けた口調も頷ける。
 私は鞄から買い取り用の査定を行うためのメモを取り出した。ここに、真斗さんが言うことを転記していくのだ。 

「金魚、好きなの?」
「え?」

 メモの準備をしていると、なんの脈絡もなく真斗さんが聞いてきた。顔を上げると、真斗さんは畳に胡坐をかいて座り、こちらを眺めている。

「さっき、玄関でじーっと見ていたから」
「ああ。昔飼っていたんですよ。お祭りの金魚すくいで掬ったやつを。金魚って、人に懐くんですよ」

 先ほど、玄関に金魚がいたのでついつい眺めてしまったことを思い出した。
 昔、小学生のときに近所のお祭りの金魚すくいで掬った金魚を飼っていて、餌をあげたり水を綺麗にするのは私の仕事だった。

「懐く?」
「私が水槽の前に来ると、水の表面に上がってくるようになりました」
「それ、懐いているんじゃなくて、エサが欲しいだけじゃねーの?」
「どっちでもいいんですよ。可愛いから」

 私が口を尖らせると、真斗さんはくくっと笑う。そして、気を取り直したように、積まれている本日の査定対象品に手を伸ばした。

「最初は『濱野』のロイヤルモデル。正面左下傷あり」

 真斗さんは黒色の革製ハンドバックを手に持ち、状態を確認していく。黒い鞄は持ち手部分には金色の丸い金具がついており、しっかりとした形はとても上品な印象を受けた。

 しかし、毎度毎度思うけれど、よくこんなにスラスラと色々な鞄の名前が出てくるものだと感心してしまう。今日なんの商品があるかを事前に知っていたわけでもないはずだから、全部頭の中に入っているのだろうか。
    
 その後も黙々と作業をしていたが、いくつかの商品を査定し終えたところで、真斗さんがふと手を止める。クロコダイルのような皮製の茶色い鞄を睨んだまま、それを腕を伸ばして離れて眺めたり、裏返したりしている。

「ちょっと、親父に相談したいから待っていて」
「はい、わかりました」

 真斗さんが鞄を持ったまま立ち上がる。
 私はその後ろ姿を見送りながら、珍しいこともあるものだなと思った。

 相談に行くということは、多分、自分の査定に自信がなかったのだろう。いつもだったらスラスラ査定していくのに。
 とは言っても、真斗さんはまだ二十三歳だ。質屋歴ウン十年の飯田店長に比べると、経験も浅いから不安があることもあるのだろう。