「お姉ちゃん、杏奈の部屋に薬持ってきてー」

 部屋で宿題をやっていると、隣の部屋から妹の声がする。
 時刻は9時半。

 そろそろ妹が寝る時間だ。今日は体調があまり良くないらしい。院内学級も早退して診察を受けてきたと本人が言っていた。

 居間に行って、棚から薬を出す。今日は木曜日だから……、それと今日の診察で出た頓服も飲ませないと……。

 毎日種類が違う薬を飲むから壁に処方箋が貼ってある。それを見ながら薬を用意していると、背後に気配を感じる。

「間違えないでね。あんたが間違えたら杏奈の命に関わるんだから」
 お母さんが機械的な声で言った。

 声色はいつもと変わらないけれど、明らかにイラついているのはわかる。もう何年も妹のことで心労がたまっているのは理解しているつもり。そして、妹の体調が悪い日は特にイラつくことがほとんどだ。

「わかってるよ、ちゃんと確認してるよ」
 薬を小さなトレイに入れながら呟くと、グイっと肩を掴まれた。

「え?何?どうしたの?」

「あんたは何でそんな口しかきけないの‼誰のお陰で五体満足で学校に通っていられると思っているの‼」

 やっぱり今日のお母さんはイライラしすぎて精神的に不安定だ。予想していたことだけれど、どうして私にばかり当たるのだろう。

「それは……」

 私が何と答えたら機嫌が少しでも良くなるのか考えていると、
「なんで杏奈があんなに苦しい思いをして、あんたはヘラヘラと生活できるのよ」

 いつも機嫌が悪い時に言われる言葉だけれど、今日はいつもより辛い。私は確かに健康だけれど、ヘラヘラとしているつもりはない。今日だって妹の体調を心配している。お母さんには、私が能天気で何も考えてないように見えているのだろうか?

 いつもは余計なことを言わずに、お母さんの精神状態が落ち着くのを待っているだけなのだけれど、こんなことが頭によぎるのは、きっと快晴が本当の私を見ても変わらないと言ってくれたからだ。助けてくれるかもしれないと、快晴や征規や春那に淡い期待をしてしまっているから。

「どうして?どうして私が五体満足だと許せないの……?」
 呟くように言ったら、ドンと肩を思いきり押された。

「生意気な口を聞くんじゃない‼」
 心がグラグラしてくる。


 誰か……、快晴、征規、春那……、私を助けて。

 目から涙がこぼれてくる。

 ダメだ、限界かもしれない。

 薬が入ったトレイをお母さんに押し付ける。

「何?どうしたの?雫」
 お母さんは困惑した声になる。それから慌てて言葉を繋ぐ。
「乱暴にしてごめんね。お母さん疲れているの。杏奈を産んでからずっと。雫はわかってくれるでしょ?少し気分が良くないのよ」

「私、もう無理」
 そう言って、自分の部屋に駆け込んで、旅行用のバッグに制服や着替えを詰め込む。靴も持って行かないと。

「お姉ちゃん、薬はー?」
 妹の声が聞こえるけれど、学校のカバンと旅行バッグを担いで、部屋を飛び出した。

「雫‼どこに行くの⁉」
 お母さんの声も無視して玄関を開けて外へ出た。

 行く当てなんかない。

 走ってしばらくして息を整えながら、どうしようか……と考えていたら、スマホが鳴った。春那からのラインだ。

『今日やってたドラマ超面白いわ!雫も見てた?』

 ラインを見てすぐに春那に電話をした。

『おー、雫から電話がくるなんて珍しいなー、ドラマの感想かな?』

「春那、助けて‼」

 春那の言葉を無視して叫ぶと

『雫?どうした?今どこにいる⁉』
 春那の声色が変わった。