いつもの『ルームA』で真っ白な紙を前に数時間経っている。広告のイメージ図とキャッチコピーを考えているけれど、私の脳みそでは全くいい案なんか浮かばない。

「なんか浮かんだ?」

 後ろから声がかかり、驚いて振り返る。
 武原さんが笑顔で立っている。

「いやいや、私じゃ無理なのかなーって感じで。見ての通り紙も真っ白です」
 ハハハと力なく笑いながら言った。

「雫って……」

「え?」

 武原さんは少し考えてから言葉を発した。

「これ、中高生をターゲットにした制汗剤の広告だろ?雫が高校生の時ってどんな感じだった?」

「私……ですか?」

「ほら、二年前にお前は高校生だったんだから、俺たちよりターゲットに近い感覚を持っているんじゃないか?」

「なるほど……」

「だからお前の高校時代はどんなんだったのかな?って」

 ペンを手に考える。

「別にごく普通の高校生でしたけど、子供の頃から家庭環境のせいであんまり自分を出せない感じだったんですよね……」

「うん」
 武原さんはなぜ?とも聞かずに頷いている。

「でも友達が、本当の友達ができて私を救ってくれました。それからはすごく楽しくて、自分を出せるようになって、バカみたいに下らないことで笑って、本気で怒って、青春ってものをやっていたのかもしれないですね」
 クスクスと笑いながら私は答える。

「友達に恵まれたんだな」

「そうですね。感謝しきれないです」

「今もその友達と仲良くやっているのか?」
「ああ、1人2人はたまに会ったりしていますけど、会えない友達もいます」

「遠くに進学したとか?就職かな?」

 その言葉に私は言葉につまる。時が一瞬で止まったらようだ。武原さんが首を傾げた。

「雫?」


 春那と見たニュース。病院の個室。頭に包帯を巻いて眠っているような顔。大学の天文学部の合格者の番号。番号を忘れたことはない。きっと忘れることはないだろう。それを見て人目を気にすることすら忘れて泣いた自分。


 肩に手を置かれてビクっとなる。

「あ、ごめん」
 私の反応に武原さんの方が驚いている。

「いえ……すみません」

「何か悪いこと聞いたかな?その会えない友達と喧嘩してしまっているとかなのかな?」

「違いますよ。親友ですから。喧嘩なんかしても仲直りなんかすぐできますよ」

 笑って言うつもりだったのに、涙が出てきてしまった。

「雫?どうしたんだ?」

 もう喧嘩しても仲直りなんかできない。喧嘩すらできない。永遠に。

「ただ…会えないだけなんです。もう二度と」

 涙をぬぐいながらポツリと呟くことしかできなかった。

 武原さんはそれ以上何も聞いてこなかった。