「ただいま……」

 夜7時すぎに家に帰ると夕食の匂いがする。今日は妹が好きなハンバーグらしい。

「遅かったのね」
 お母さんが食卓テーブルにお皿を運びながら言った。

「あ、友達とほら、新しくできたショッピングモールに行ってて……」

「ご飯冷めちゃうから着替える前に食べて」
 そう言われて、リビングのソファに慌ててカバンを置く。

買い物袋の中から水玉模様の袋を出して、もう食卓テーブルにいる妹に渡す。

「これ何?」
 八歳になった妹が目をキラキラさせて受け取った。

「お土産だよ。杏奈|《あんな》が好きそうなのがあったから」
 私が言っいてるそばから袋の中からキラキラとしたペンケースを出している。

「水色かー。杏奈はピンクのキラキラがよかったな」
 明らかにつまらなそうな顔をした。

「ごめん。ピンク売ってなかったんだ」

「まあいいや。お姉ちゃんありがとう」

 そう言う杏奈と私をお母さんが見ている。

 本当は春那と色違いのTシャツを買って、それが一番嬉しかったけれど、杏奈に何も買わないで買い物をしていたなんてお母さんが許すはずがない。

「早くご飯食べなさい」

 杏奈にお土産を買ったからか、いつもは機械的な話し方しか私にしないお母さんの声が少し和らいだ気がしてほっとした。
 

 いつも通りの昼休み。

 今日は春那と征規と快晴と4人でご飯を食べている。

「雫って絶対購買のパンだよね?お弁当じゃないんだね」
 春那の何気ない一言にギョっとなる。

 私以外は全員、母親が作ったのであろうお弁当を食べている。

「お母さん仕事忙しいからさ、私パン好きだし」
 少し強がってみたけれど、実際にお母さんがパートで忙しいのは本当のことだし、早起きして自分で作れば済む問題も眠気には勝てないし、ギリギリまで寝ていたいから購買で済ませている。

 私の昼食の話題はあっという間に終わり、今度は春那が4人で作ったグループラインの話をしている。

「快晴って話題に入ってこないよね、『了解』とか『ごめん』とか、スタンプ1個で済ます時もあるし、それはまだマシで既読スルーばっかり。面倒くさいのが丸出しなんだけど」

 それには征規も同意なのか、箸で快晴を差すという行儀の悪さを発揮しながら続ける。

「こいつ、個人的なラインでもそうなんだよ。たまには会話しろよ」

 そんな二人に文句を言われても、快晴は涼しい顔をして「面倒くさいから」と言った。

 私は快晴と個人的にラインをしたことはないけれど、グループ内でどう思う?というような内容でも、快晴はスタンプ一つで済ませてしまう。春那が男子にしつこくされて悩んでいたりする内容でもだ。

 さすがに何か言ってほしくて「快晴はどう思う?どうしたらいいかな?」と私が入れても、変なスタンプ1個で終わる。征規は一生懸命に春那の悩みに対して色々書いているのに快晴の冷たさは酷いと思う。

 他の話題でも「快晴は?」と聞いても無駄だ。春那と征規はもう諦めているのか、既読スルーする時もある快晴を『快晴だから』と、やや割り切っているのかもしれない。

 黙々とお弁当を食べている快晴に、思い切って言ってみる。
「せっかく友達なんだし、もっと楽しく過ごそうよ。快晴が笑うところとか、そういう楽しいラインとか私はみたいよ?」

 私にしてはかなり思い切ったと思う。みんなでいても快晴に話しかけることがほとんどないから。

 でも、せっかく出会って、征規だって快晴はいいヤツだって言うくらいだし、もう少し楽しく過ごしたい。苦手ではあるけれど、快晴のいいところを見つけて、本当の仲がいい友達にはなりたいとは思う。

 快晴は私が奮い立たせた勇気を一瞥して鼻で軽く笑った。
 これは馬鹿にしていると取る方が正解なのかもしれないけれど、もしかしたら快晴なりに「わかったよ」という笑いなのかもしれない。

 私の発言に征規と春那も少し驚いていたけれど、「雫がここまで言うんだからさ、ねえ?征規」と春那が言った。

「そうだぞ?もう少し俺たちを信用してくれよ」
 征規が快晴の肩を軽く叩いた。


 午後の授業になって、ノートを取っていると、スマホが振動した。
 授業中にスマホの使用は禁止だけれど、そんなもの誰も守っていない。音さえ鳴らなければいいのだから、みんな授業中でもラインをしたり、SNSを開いたりしている。

 私のスマホが振動するのは、大体は春那か征規のラインくらいで、SNSは苦手だからやっていない。
 そっとスマホを取り出して、画面を見るとラインの新着が一件。春那か征規だろう。

 タップしてラインを見て私は目を疑った。
相手が快晴でグループではなく、個人に来ていたからだ。

 何だろう?と思いながら内容を見て、私は凍り付いた。暑くもないのに汗がブワっと吹き出してくるし、顔も真っ赤になっていると思う。スマホを持つ手は汗とは対象的に震えている。

 快晴が送ってきたのはたったの一言。


『ウザいブス。調子に乗るんじゃねーよ』


 私の心を全く知らない窓からの景色は青空いっぱいでまさに快晴。光が教室にキラキラと入ってきていた。