「雫」
快晴に呼ばれて我に返る。
「え?」
「帰りちょっと行きたい場所あるから付き合って」
「ああ、いいけど……」
最近は図書館へ4人で行って勉強をしたり……春那は服飾の本読んでいるだけだけれど。学校が6時まで受験生に開放してれているから、そこにいたりで、快晴と二人になるってほとんどなかった。
なんの用事だろう??
首を傾げながら思った。
放課後になって、快晴の言うがままに付き合って電車に乗っているけれど、この路線の電車に乗ることも永遠にないと思っていた。
快晴が何を考えているかわからない。
マフラーをグルグルに巻いて顔が見えないように快晴を覗き見しているけれど、私のようにマフラーは顔に埋まるほど巻いてはいないけれど、車窓に頬杖をつきながら「寒いな」とつぶやいた。
目的の駅につくアナウンスが流れる。
場所はわかっている。
かつて杏奈が通っていた養護施設がある駅だったから。
私が快晴と初めてちゃんとは話をした公園に着く。
「さみーから、近くにカフェあるから後で入ろう」
快晴は寒い寒い言いながら養護施設が見える、いつも一緒に杏奈を待っていてくれた公園のベンチに座る。
いい思い出はなかったから、胸が少しだけ痛むけれど、快晴に怒りの感情も感謝の感情もない。
辛い思いをしながら来なくてならなかった、この場所に立って思う。
何も思わないし感じない。「無」なんだと。
「なんでここに来たの?」
とりあえず、なぜここを選んだのかは聞きたい。
「原点回帰かな」
「原点回帰?」
「そ、原点回帰。俺と雫が初めてキチンと話をした場所だから」
いつも座っている屋根付きのベンチのまわりには昨日少し降った雪が残っていて、枯れ葉の上に載っている。私が枯れ葉なら、重量級のものが背中にのしかかるなんて冗談じゃない。
白い息を吐きながら快晴がポツリと言った。
「受験終わったらすぐ卒業であっけなかったな」
「うん……なんか快晴といると、色んなことがあったけど、すごく時間がたつのが早かった。え?もう卒業?って思う」
寒いベンチに2人で並んでいるけれど、さっきのような施設とこの場所を「無」だと思う気持ちが少し薄れてきている。
ここは快晴が私を救ってくれると言ってくれた場所だから。
それを忘れてはならない。絶対に。一生。
「雫」
「ん?何?」
「俺はズバズバ言うくせに本当に言いたいことを上手く言うのが下手でさ」
「そうだね」
笑いながら私は答えた。
人のことに一生懸命なくせに自分のことはズボラ。でも、それは快晴の良い面でもあるんだよ?
「征規は一番の男友達。春那は……まあ、ほぼオッサンだけど、俺の一番の女友達」
「私いないじゃん」
呆れて言うと足を組み替えて快晴は言った。
「雫は親友」
「え?」
そう言って快晴が笑うから胸になんだかホワンとした温かみが生まれた。嬉しくて涙が出そうになる。
「私も」
涙声にならないように、息をついてから言う。
「征規は幼馴染。気持ち悪いほどの腐れ縁。春那は友達作るのが苦手な私を救ってくれた大事な女友達。快晴は……やっぱり私も親友だと思ってる」
快晴に笑いかけると微笑みながら言った。
「雫は臆病で不器用だけど、一生懸命やるやつだ。そして優しい。これからは俺たち4人は別々の道をいくけど、みんな友達だし、どこに行っても雫が俺の親友であることは変わらない。そして、新しい環境でも雫なら友達はちゃんとできる。これ、俺が保障する」
受験であたふたとしていたけれど、もうすぐみんなとの「当たり前」がなくなってしまう。
そう思うと涙が出てきてしまった。
涙を流す私の頭をぐしゃぐしゃになでながら快晴は笑った。
「大丈夫。お前がアマゾンでワニに食われて死にそうになった時でも助けにいくし、世界中どこに行こうが俺はお前の親友だ。わかったか?」
快晴の言葉に頭をぶんぶん振って頷いた。
「あ、そうだ」
快晴が思い出したように言ったから顔を上げる。
「やっぱりアレだな。親友としては、雫に大事な恋人や結婚する相手ができたり、俺もだけど、一番に紹介してほしいな。俺も雫にそういうことがあったら一番に会わせたいな」
「快晴文句言いそう‼」
私がそういうと笑いながら「難癖つけてやるからな‼」と快晴も笑った。