外が白々としてきている。夜が明けるようだ。

「徹夜しちゃったね、学校行けそうにないね」
 私が言うと、快晴が少し笑った。

「そもそも行く気なんかねーよ」

 私のスマホは快晴に会った時に電源を切っておけと言われて切っている。万が一、お母さんから連絡がきて居場所を探されたら困るからだと快晴は言った。

 一応、言う通りにしたけれど、お母さんが私を探すとは思えない

 春那の部屋の壁かけの時計を見ると朝の4時半を過ぎている。

 スマホで何かを調べていた征規が話し出した。
「こういう場合は児童福祉相談所?児童って年齢じゃないけど、相談してもいいのかな?」

「まあ、よく耳にする名前だけど、雫の場合その施設が該当するのか?一応聞いてみるだけって感じだろうな」
 快晴が答える。

 征規がそれを聞いてまた話す。
「万が一、その施設が動いてくれるまで、雫を親から離すにはどうしたらいいんだ?」

「離れる?それはダメ。私は姉だよ?杏奈の世話をしなきゃいけないもの」
 私の言葉に三人が驚いた顔をした。

「雫、離れていいんだよ。杏奈ちゃんのことも、お母さんの心の病気のこともそういう機関が動いてくれるまでうちにいればいいの。家に帰る必要はない。キチンと相談すれば大丈夫だから」
 春那が私の肩を強く揺すった。

「でも」
 快晴は飲み物を一口飲んでから続けた。

「俺達に話したことで何が変わったことはないか?雫の気持ちが、母親の言葉だけじゃなくて、俺達に打明けたことで何か感じないか?」

 気持ち?何かを感じたか?

 私はしばらく考えた。

 でも、思い出したことがあった。

「すごく幼稚で下らないことだけどいいかな?」
 三人は頷いた。

「私ね、杏奈が生まれる前なんだけど、絵を描くことが好きで、杏奈が生まれてからは、杏奈が描いてほしいって言ったものしか描いてなかったんだけど……。幼稚で恥ずかしいけど、将来は絵を描く仕事をしたいって思っていた。絵本なのかポスターなのか何を描きたいかはわからないけど、人がホっとするような絵を描きたいって。いつからか、そんな夢、忘れちゃったし、そもそも私の将来なんて誰も興味がないって思っていたから。話をしていて思い出した。新しい色鉛筆を使う時のドキドキした気持ちとか、丁寧に何色も重ねて塗り続けると不思議な色になることとか。その時だけ私は魔法を使えるような気分になっていたの。くだらないよね」

「くだらなくなんかない‼素敵な夢じゃない。実現しようよ」
 春那が手をギュっと握ってきた。

「ありがとう」
 私が言うと春那は首を振った。

「他には?何か気持ちの変化だったり、思い出したことはあるのか?」

 快晴の質問にまた頭をクリアにして考えようと「うーん」と唸る。

 考えて、でも本当はずっと心の隅っこにあったものをちゃんと整理してから言葉にしようと思ったことがポロっと口からこぼれた。

「……杏奈は辛くて大変だから一番になれないのは知ってる。でも……」

 そこまで言うと、お母さんに言われてから、涙すらほとんど出てこなかったのに涙が洪水のように出てくる。拭っても、拭っても、凍っていた感情と共に滝のように溢れてくる。

「私……、私も‼お母さんの娘で、杏奈とは違って健康だけど、だから将来は杏奈を色々な場所に連れて行ってあげたい。杏奈の姉だけどお母さんの娘だから‼だから……」
 涙が出過ぎて上手く言葉が出ない。でも三人は私の声に耳を傾けてくれている。

「私だってお母さんに笑顔を向けてほしい、抱きしめてほしい。大好きだよって言われたい。私は生きているよ?だから……私もお母さんの子どもだってことを思い出してほしい……」

 私の必死な本音を聞いて、また春那は泣いてしまい、征規も目を赤くした。
 
 快晴がニカって笑いながら言った。

「雫、頑張ったな。まだ油断は出来ない状況だけど、お前に起きた出来事、そして今、絞り出した叫びこそがお前の本心で俺達が聞きたかったことだよ」