私が中学生になった頃、杏奈はかかりつけの病院の院内保育園に通いだした。
そのまま、院内学級で小学校の六年間を過ごす予定になっている。
お父さんは単身赴任で九州に行き、お盆やお正月しか、なかなか帰ってこれなくなった。それも段々と回数が減っていて、年に一度会えるか程度になっている。
だから、私に時々酷いことを言うお母さんを止めてくれる人なんて誰もいない。
毎日ではないけれど、不安定な時や機嫌が悪い時は相変わらず酷い言葉を言われていた
そんな時、学校帰りにお母さんが近所の人とニコニコ話しをしていた。杏奈を院内保育園に入れるまでは外に滅多に出なくて、買い物もスーパーの宅配サービスを使っていたから、外にお母さんがいるのはすごく珍しかった。
お母さんはこの頃には眠れなくなったり、感情を上手くコントロール出来なくなり、杏奈にまでヒステリックになり、そして涙を流して謝ることが多くなった。だからお父さんのすすめでお母さんは病院に通い出していた。
だけど、薬を飲んだからってすぐに良くなるわけもなく、怒る、そして謝るを繰り返していて、それがいつ変わるのかがわからなくて正直、私も疲れていた。
久しぶりに見るお母さんの笑顔が嬉しくて、声をかけようとしたら、
「本当にすごいわね、杏奈ちゃん」
近所の人が言った。
意味がわからずに声をかけるのをためらった。お母さんは後ろにいる私に気づいていない。
「自分で目標にしていたから、外で遊びなさいって言っても夢中で勉強していて」
お母さんは何を言っているのだろう?
「その努力があの難関な幼稚園からのエスカレーターの〇〇学園に入れたってことよ、まだ小さいのに本当にすごいわ」
〇〇学園?
杏奈が?
杏奈が行っているのは院内保育園だよ?
私が不審な顔でお母さんを見ていると、近所の人が「あら、雫ちゃんおかえり」と言った。
その言葉にお母さんが振り返る。
ゾっとした。
嘘の笑顔を貼り付けて微笑んでいるその人が母親だとは思えなかった。
「雫、おかえり」
聞いたことがないような甘ったるい声。
「あ……ただいま」
まるで他人に挨拶する気分になる。
「雫ちゃんも杏奈ちゃんは自慢の妹さんね」
お母さんを見ると貼り付けた笑顔の奥の目が余計なことは言うなと言っていた。
「……はい。あの、宿題があるので、先に家に入ります」
頭を下げて家の中に入った。
玄関で息を吐くと、もう保育園から帰ってきている杏奈が部屋で『ぞうさん』だか『はとぽっぽ』だか忘れたけれど、歌っていて音程の外れた歌声が聴こえてきた。