指定されたイタリアンの店の席は窓側。

 こんな高級なお店を指定するなんて何か考えがあるのだろう。
 きっと凶報ではなく吉報。

 私が付き合っている彼は、庶民的で穏やかで、でも少しだけ博識で、こんな高そうなお店よりも、居酒屋でビールを飲みながらギャハハと笑い合うのが好きな人だ。

 交際を始めて三年半になる。
 私も二十七歳。
 そろそろだろうな、とは薄々気が付いている。彼はとてもわかりやすい人だから。

 そんな大事な日は生憎の雨。
 窓にもポツポツと雨粒が当たっている。

 雨は皆テンションが下がるというけれど、私は雨が好きだ。

 キミが言ったから。
『雨ってなんかよくないか?嫌なこと洗い流してくれるって感じするから俺は好き』
 キミはそう言ってニヤっと笑うのだ。
 雨が好きなキミは雨男でもある。
 何かがある時はだいたい雨の日が多い。
 窓から外を眺めながら思う。
 この雨はキミが降らせているのかと。
 そろそろキミのことを自分の口から伝えろと。

「ごめん、待たせた」
 待ち合わせの時間の五分前なのに彼はそう言った。時間に間に合っているのにおかしな人だ。

「時間前だよ。何言ってるの?」
 私がクスクスと笑っても、顔が明らかに緊張している。

 待ち合わせのこの店は予約がなかなか取れなくて有名。
 本当は夜のロマンチックな雰囲気の時に来たかったのだろうけれど、昼間しか予約が取れなかったらしい。

 私たちは居酒屋がお似合いなのだから、昼間でも全然いいではないか。
 私はワンピース。彼は仕事を午前だけ出社して半休をもらったらしく仕事用のスーツ。
 二人で休日に外食に出るときのような軽装ではない。

 私も有休を取っているから、とりあえずワインを頼んだ。食事のコースは彼が事前に店側に頼んでいるのか、メニュー表もこない。

 グラスの水をガブガブ飲んだ彼が言いだした。
「ここに来てもらったのは大事な話があるからで……」

 外をチラリと見ると雨脚がかなり弱くなってきていて、静かにシトシトと降っている程度になった。

 言わなくてはいけない、キミのことを。
 ずっと心の奥にしまっているキミの存在を。

 窓から目を離して、彼を見る。
 私がこの世で一番大事な人。

 キミとは種類が違うけれどキミもこの世で一番大事。
 キミと約束したことを実現させなければ。


「話を聞く前に」
 私が口を開いたから、彼はギョっとした顔をした。
 大丈夫、悪い話ではないから。

「私の少し長い話に付き合ってくれないかな?」

「長い話って?」
 彼が強張った顔で言う。

「少し長い昔話。でも、私にとってはただの昔話で片付けることができない大事な話なの。聞いてくれる?」
 私が笑いかけると彼はしばらく考えてから頷いた。

 私はバッグの中にある小さなポーチからハンカチに包んでいる物を自分の脇に置いてから、話を始めた。