「ご無沙汰しております、獅子倉様。お代わりないようで、何よりです」

 薄手のカーディガンにワイシャツ、グレーのズボンというラフなスタイルだが、きっちりと整えられた白髪と口髭には、英国紳士を連想させる品の良さが漂っていた。 

年齢が年齢だけにお腹の出っ張りは仕方ないにしても、動作は機敏で、隠居老人には見えない生命力を感じる。

「こちらが孫娘の綾乃だ。今は、うちの会社で受付業務を担当している。綾乃、ご挨拶を」

 獅子倉氏に隣接するソファーに腰かけていた女性が立ち上がり、会釈する。

「はじめまして。獅子倉綾乃と申します」

艶やかで真っすぐな黒髪に、胸元にフリルの施された清楚な白のロングワンピース。

涼やかな目もとと自然な赤味の唇が印象的な、まさに名家の淑女といった見た目の美しい女性だった。

「はじめまして、綾乃さま。この度、アフターヌーンティーパーティーの演出を担当させていただくことになりました、桐ケ谷ルイと申します。こちらは、店を手伝ってもらっている八神良太君です」

「ああ、君が八神先生のお孫さんか」

 ルイの紹介に、獅子倉氏が反応する。

「君のおじいさんに手術してもらって以降、わしは長年苦しんでいた痔とはめっきり無縁になった。痔の手術は、名医の腕の見せ所というからな。八神先生には、今でも心から感謝しているのだよ。お亡くなりになられたのが残念だ」

「そう言われて、祖父もきっとあの世で喜んでいると思います……」

 良太は、精いっぱいの愛想笑いを浮かべた。まさか、実家とはほとんど縁を切っている状態だとは言いにくい。


 孫娘の婚約発表を兼ねたアフターヌーンティーパーティーの演出をお願いしたい。それが、古くからの顧客である獅子倉氏の今回の依頼だった。

ルイが良太を伴ってここを訪れたのは、打ち合わせと会場の下見のためだ。

 なぜ良太もこの場に呼ばれたかというと、獅子倉氏と祖父が古い知り合いだった所以である。

何度手術しても再発していた獅子倉氏のひどい痔を、若い頃の祖父はあっという間に完治させたらしい。

 獅子倉氏から電話で問い合わせがあった際、ルイが応対をした良太の素性を説明すると、是非とも八神氏の孫に会いたいと申し出があったのだ。