五月も終わりに近づいたある週末。縁側でばあちゃんは、家で収穫したえんどう豆のさやから豆をせっせと取り出していた。

 僕も傍らに座って、かごに入っていたえんどう豆をひとつ手にして、さやの腹を割った。ぷくっとした丸い緑の豆が顔を覗かせ、それをしごいて取り出しながら、僕は小さく呟いた。

「映見が死んだんだ」

 ばあちゃんの手元が止まり、豆が手からこぼれていった。

「嘘ついちゃいかんよ」

「嘘だったら僕もどんなにいいか」

 僕が俯いたままでいると、ばあちゃんは悲しみのため息を深く吐いていた。

 僕が顔を上げた時、ばあちゃんは暫く目を瞑っていた。映見の事を思い出しているのだろう。

「あっけないのう」

 どうしようもない思いがそこに濃縮されていた。ばあちゃんもかなりのショックを受けている様子だ。

「娘をふたりもなくした気分だ」

 小さく呟き、鼻をひとすすりするとまたえんどう豆のさやをむき出した。動作が先ほどより遅くなっていた。僕も黙ってそれを手伝う。

 黙々と作業をしていると、流れる雲の間から太陽が顔を出し縁側に陽光が差し込んだ。

 顔を上げたばあちゃんは、手を掲げてまぶしそうに空を見ながら口を開く。

「映見さんは強い子だった。死を意識していたのはなんとなく私も感じていた。未可子もそうだったから。でも何かの間違いかもしれないと口にはださなかったけど」

「お義母さんはなんで死んじゃったの?」

「癌だったんだ。透には心配かけたくなくて言わなかったんだろう。でも未可子は負けたくないって病気と闘ってたんだ。透が大きくなるまで見届けたいって必死で生にすがりついていた」

 僕はしんみりとしてしまった。

「そんな顔するな。未可子は自分が癌になった事を悲観してなかった。それよりも透のために自分が必死に生きてるんだって幸せを感じていた。透がいなかったらとっくに人生を諦めてつまらないまま死んでいくとこだったって笑っていたくらいだ。未可子は透を我が子だと思って愛してたんだ」

 愛情をいっぱい注いでくれた未可子さん。八の字に垂れ下がった眉毛は笑っていても困った顔に見えていたけど、僕は大好きだった。

「映見さんも透と張り合って楽しそうだった。透は人を幸せに導く素質があるんだよ」

 ばあちゃんはいいように言ってくれるけど、僕は自分に悲観的で逃げることばかり考えていた。

 でも映見チャレンジは僕を常に逃げないように留めようとしていた。僕もそれに乗せられてむきになってたときもあった。

 放ってほしいからという理由で挑んでいたけど、気がつけば映見と一緒にいて楽しかった。

 映見の事をもっと分かっていたら――。

 今になって僕は後悔してしまう。

 そしてまだ僕はあのカメラのフィルムを現像していない。罪悪感を抱えたまま、あの時の映見に向き合うのをやっぱり恐れていた。

「プランターのペパーミント、今年も戻ってきたね」

 ばあちゃんが見つめた方向を僕も一緒になって見た。

 あれは映見が植えたものだ。

 僕には何を植えたか教えてくれなかったけど、植物に詳しくなくても成長したものを見ればすぐにペパーミントだと分かる。

「そういえば、ばあちゃんはなんで畑に植えさせなかったの?」

「ペパーミントは繁殖力が雑草のように強くて、囲いがないところに植えたら増え続けて大変なことになるんだ」

「映見はそのこと知らなかったの?」

「知っていたと思う」

 ばあちゃんは優しい目をして微笑んだ。

「それを知ってて畑に植えたいって、嫌がらせみたいだな」

「映見さんはペパーミントは自分みたいだって例えていた。畑に植えたかったのは透へのメッセージだったんだと思う」

 僕はばあちゃんの言っている事がすぐには飲み込めなかった。

 プランターに植えたペパーミントは昨年よりも密度が濃くなって隙間なく青々として育っていた。

 風がそよぐと、葉っぱも同じように揺れている。そこになんの映見のメッセージがあるのか僕は読み取ろうとしていたけど、さっぱり分からなかった。