「佐伯彩葉だな」
「えっ?」
しかしまったく見覚えのないその人に、低い声で名前を呼ばれて足が止まる。
誰? 店のお客さんだっけ?
瞬時に記憶をたどったが、心当たりがない。
彼と視線が合った瞬間、その目が赤く光った。
私が戸惑っていると、彼は右の口角を上げて不敵に微笑む。
すこぶる整った顔立ちなのに、狂気に満ちたようなその微笑みにゾクッと体が震える。
逃げなくちゃ。
無意識にそう感じ踵を返そうとしたが、金縛りにあったように足が動かない。
なにこれ……。
あとずさりすらできないことに気がつき、背中にツーッと冷たい汗が伝い始める。
張り詰めた空気の中、その男が一歩二歩と近づいてくるので心臓がバクバクと暴走を始めた。
「だ、誰ですか?」
なんとか声を振り絞ると、冷笑する彼は「さぁ?」とあいまいな返事をよこす。
殺される?
彼から殺気が漂い、恐怖で歯がカチカチと音を立て始めて自分では止められなくなる。