白蓮さんに「ほら」と促された河太郎くんは、小さな口を開けてドーナツをかじった。
やった!
たったひと口かもしれない。
けれど、きっと白蓮さんも鬼童丸さんも、この時を十年待っていたのだ。
白蓮さんの頬が途端に緩み、まるで父親のように優しい視線を送っている。
それから河太郎くんは、ひとつ完食した。
「彩葉。あとは頼めるか?」
おそらく河太郎くんがもう限界だと感じたのだろう。
白蓮さんは残りのふたつのドーナツを私に差し出して促した。
「はい。河太郎くん、あとはお部屋で食べようか」
「鬼童丸さま。私もふたりきりで食べたいですわ」
「いや、ここでいいんじゃないか?」
今日の雪那さんは絶好調。
しかし鬼童丸さんは冷や汗たらたらだ。
私はそんなふたりのやり取りを笑いそうになりながら、大広間を出た。
スッと私の手を握ってきた河太郎くんは、意外にも表情が穏やかで一安心。
白蓮さんや鬼童丸さんが、怖くはないことがわかったはずだ。
この調子なら完全な雪解けも近いかもしれないと感じた。