「陽の世には月がない。慣れないだろう?」
「でも、鬼火(おにび)のおかげで行灯に不自由しませんし、問題はありません。たまには満月を見たいですけどね」
鬼火は私たちの前に姿を現さない恥ずかしがり屋のあやかしだが、この宿の火に関することはすべて請け負ってくれている。
「そうだな。月見というのは最高だ」
彼は懐かしむような表情をしている。
「お月見をしたことがあるのですか?」
「一度だけ。お前が幼い頃、桜庵で月見団子と日本酒をいただいた。あのときの満月は、本当に美しかった」
やはり祖母と接点があるようだ。
「祖母は、白蓮さんがあやかしだと知っていたんですね」
「あぁ。あの人はあやかしよりも鋭い千里眼を持っている。そして誰よりも彩葉のことを愛していた。亡くなられて残念だ」
彼は私を見つめて困った顔をする。
「祖母の墓前で私に求婚したのは、祖母の前で私を娶ると操を立てたかったからですか?」
感じたことをストレートに口にすると、彼はふと表情を崩してうなずいた。
「さすがは、ばあさんの孫だ。なかなか鋭い」
私は突然すぎてバカにされたと感じたが、彼は真剣だったのだ。