「彩葉の作る料理は本当にうまい。宿の者も喜んでいるそうだ。それに、あちらに帰りたいというお前の気持ちはわかっているつもりだ」


三百年も私を待ちわびたという彼の口からこぼれる言葉が切ない。

しかし記憶がない私には、ここで生きていくことに不安がないとは言いきれないのだ。


「ただ、安易に帰せないというのもわかってほしい」


黒爛にまた襲われるということだろう。


「……はい。あっ、忘れてた! ご報告が。志麻さん、ここから旅立たれる決心をされたそうですよ」
「そう、か。彩葉が志麻を復活させたのだな。さすがだ」
「大げさです」


私は食事を作って化粧を施しただけ。
けれど、役に立てたことは素直にうれしかった。


「彩葉。お前は境遇が境遇だっただけに、少々頑張りすぎたりこらえすぎたりするきらいがある。せめて今は心を緩めよ。夜眠れないのなら尻尾はどれだけでも貸してやる」
「ありがとうございます。でもふにゃふにゃでしたよ?」
「うるさいな。貸してやらんぞ」


彼は語気を強めたがクスッと笑っていた。