小料理屋『桜庵(さくらあん)』の二階が私の住居。

家の前には大きなソメイヨシノの木が一本だけあり、それが店の名前の由来だ。

窓を開け放ち、晴れ渡る空を見上げる。


「もうすぐ咲くのに……」


祖母は毎年桜吹雪が舞うのを心待ちにしていた。

あと一週間もすれば淡いピンク色のつぼみを膨らませたあと一気に開花し私たちを楽しませてくれるのに、今年は一緒に見られなかった。


「それにしても……」


あの白蓮という男。最低だ。
思い出すと、はらわたが煮えくり返る。


でも……。
どうして両親が事故で死んだことを知っているのだろう。

嫁になれなんてとんでもないことを言いだされて頭に血が上ったけれど、あの口ぶりでは彼が私をよく知っていることには間違いないようだ。

なんとなく懐かしい感覚に襲われたのは、気のせいではないのかも。


「いやいや、だまされちゃダメ」


そんな考えに流されそうになって自分を戒めた。