外に出るには玄関を通らなければならず、もし大きな音をたててしまうようなことがあれば、お母さんが起きてしまい計画は失敗に終わる。それだけはなんとしても避けたい。
そうやって悶々と考え続けた結果、ある案が一つ浮かんだ。私は視線を斜めにずらし、あるものを見つめる。
……そうだ、私の部屋には、庭に出られる窓がついているのだ。ここから外に出れば、お母さんの部屋に聞こえるほど大きな音はたてずに外に行ける。
暗闇を映しだす窓が、私の希望の光に変わった瞬間だった。
そうと決まれば、あとはこの部屋から抜け出して、最寄り駅へ向かうのみ。でも、玄関でなくても、お母さんがもし起きてしまったらどうしよう、とマイナスな思考も付き纏う。
その結果、今すぐに家を出るのではなく、お母さんがもっと深く眠りについた、深夜一時前に死神列車を探すことに決めた。
そして時刻は、あっという間に深夜一時の十分前。
ゆっくりと起き上がった私は、窓のクレセント鍵を半回転させ、ロックを解除する。この部屋が今日で見納めかもしれないと思うとなんだか名残惜しくて、くるりと振り返って部屋を見渡してみた。
「……あ」
そこで私は、一筋の月明かりに照らされているあるものを発見する。
それは、勉強机の上に存在していた、一枚のメモ用紙。
引き寄せられるように机の前に向かった私は、静かに視線を落とした。
《七海へ
今日も学校お疲れ様。久しぶりの学校だったから、疲れたんじゃない?
お母さんが仕事から帰るまで、ゆっくり勉強でもしながら休んでなさいね。》
……そういえば。
今日学校から帰宅した後、リビングの机上にお母さんからのメモが置いてあったから、それを持って自室へ戻ったことを思い出す。けれど心に余裕がないに等しかった私は、書いてある内容を読まずにとりあえずここに放置していたのだ。
「……お母さん、ごめん、ごめんね」
私が毎日楽しく学校に通っていると思っているお母さん。どういう気持ちでこれを書いてくれたのだろうと想像すると、酷く胸が痛む。それと同時に、私のいじめのことを知れば、きっと優しいお母さんは私以上に傷付くはず。
……ううん、それは嫌だ。つらい思いをするのは、苦しい思いをするのは、私だけで十分だ。
ペン立てに挿していたボールペンを握りしめ、お母さんのメッセージの下に小さく文字を残す。
《今まで私を育ててくれてありがとう。お母さんが大好きだよ。でも、もう限界なの。弱くて情けない娘でごめんね》
最後の方は、手先が震えて文字が歪んでしまった。ぽとり、と、私が書いた文字の上に小さな水滴が落ちる。それがもっと、私の書いた文字をぼやけさせた。