あの日、私は我を忘れたかのように泣きじゃくった。結月の笑顔に触れることはもうないんだと頭では理解していても、心が受け付けてくれなかった。……それほど、私はきっと結月のことが大好きだったんだ。
会いたくて、でもどんなに願ったとしても、もう会えなくて。
そんな、夏の生暖かい風に拐われるようにいなくなった結月の背中が、今は、私の目の前にちゃんと見えている。
結月はもう、切符を改札に通す寸前だ。
「……っ」
無意識に、私は大きく息を吸っていた。そして叫ぶ。
「ゆづき………っ」
誰もいない静かな構内の中で、自分の声だけがクリアに反響する。彼の背中が、ピタリ、と遠ざかるのをやめた。結月はくるりと私の方に振り返ると、目を丸くする。
「七海?」
不思議そうに首を傾げた彼は、真っ直ぐに私を見つめていた。
「……あのね、結月」
ねぇ、結月。嫌だよ。
このままもう二度と会えなくなるのは、嫌だよ。だからね、結月。
………行かないで。
「………」
おかしい。声が、思うようにでない。
車掌さんに釘を刺されたことも同時に思い出す。
『それと、改めてもう一度だけ、お伝えさせてください。……過去を変え得るような行動や言動を行おうとした場合、身体が一時的に制御されます』
「七海?泣きそうなの?悲しい顔に見えるけど、なんかあった?」
「……ううん、大丈夫」
「本当に?……俺、行かない方がいい?」
ここで頷こうとしても、身体が動かないことはもう分かっている。どうせ私と結月は、この悲しすぎる運命から逃れることはできないのだ。
「……大丈夫だよ」
だから、嘘をついた。せめてもの嘘。
泣きそうだったのに、本当は泣きたかったのに、嘘をついた。
笑顔なんて作れそうもないくせに、頑張って口角を上げて。
「だから結月。気をつけて行ってらっしゃい」
言いたくもない台詞を、喉の奥から懸命に搾り出すように放った。