「じゃあ、行ってくる」
そして、私に背を向けて改札に向かう。
線は細めだけれどよく見ると男らしくしっかりとした背中。少し日に焼けた腕。歩く度にふわっと柔らかく浮く、短く切りそろえられた黒髪。
「……っ」
結月を構成するそのどれもが、とても愛おしい。そして苦しいんだ。
胸が、張り裂けそうなほど。
……あと少し。結月が改札の向こう側へ消えてしまうまで、あと少し。
──その時、私の脳裏に、ある光景が呼び起こされた。それは、……私にとってもう二度と思い出したくない記憶。
結月が、いなくなったあの日のこと。今から四年前の今日の夜。
自宅の電話がけたたましく鳴り響いて、お母さんが受話器を取る。何も気にせずスマートフォンを操っていた私だったけれど、お母さんの声色が急に変わったのに気付き、器用に動いていた指先を止めた。
『どうしたの?お母さん』
電話を切ったお母さんの顔が凍りついていて、妙に怖い。私は、この後お母さんから聞かされる言葉に言葉を失わざるを得なかった。
『結月くんが……、亡くなった』
『……え?嘘でしょ?結月が?』
『ええ。結月くんのお母さんが、今急いで病院に向かってるって』
お母さんから告げられる言葉全てが、非現実的な出来事のように思えて仕方ない。結月が亡くなるわけがない。あり得ない。だって、だって、結月は言ったのだ。また帰ってくる、と。
……けれど、結月は帰ってはこなかった。
死因は、交通事故による多発外傷で、失血死だった。旅行へ出かけた日の夜、ホテルに向かうその道中で、飲酒運転をしていた運転手に轢かれたらしい。運転手の運転していた車のスピードは、時速90キロ。
棺桶に入っていた結月の顔には、無数の生々しい傷跡があった。でもそれ以上に、猛スピードで跳ねられた結月の身体の中身は、もっとボロボロだったのだろう。
涙が止まらなかった。