まだそこに結月の姿は見えない。
それどころか、他の誰もいないこの空間。これも私の都合のいいように勝手に仕組まれているのかもしれないが、そういえば、前に結月を見送った本当の〝あの日〟もこうだった。
先に駅についた私は、人一人いないこの静かな世界の中で、ひたすら結月を待っていた。
「……はあ」
心臓がドクドクと脈打ち、まるで緊張の渦に飲み込まれていくようだ。
駅内に設置されていた椅子に腰かけた私は、深い呼吸を繰り返しながら彼の到着を待つ。
平常心、平常心。
心の中で自分によく言い聞かせること、数分。……少し、吹き抜ける風の音がやわらかくなったような気がした。そして──
「七海、お待たせ。ごめんね、待った?」
会いたくて仕方なかった人が、今こうして私の目の前に現れた。
「ゆ、づき……?」
……信じられない。この背丈も、低く落ち着いた声も、私を見つめる優しげな瞳も。あの頃の結月そのままで。
「おいおい、七海。そんなに驚いてどうしたの?昨日も会ったじゃん」
「あ、ごめん……」
「いや、別にいいけどさ。七海がすごく驚いてるから、俺もちょっとびっくりして。……隣、座ってもいい?」
未だ動揺している私は、何も言わずこくりと小さく頷いた。結月は一泊用の小さなキャリーケースを持っている。私の隣に腰かけた後は、そのケースを自分の目の前に置き、それからこちらに視線を向けた。
「たった一泊の旅行なのに、こうしてわざわざきてもらって悪かったね」
鼻を掻いた結月は、申し訳なさそうに眉を下げる。
「いや、私も見送りたかっただけだし。全然大丈夫だよ」
このやりとりは、以前と同じだ。一言一句覚えてはいないけれど、ぼんやりとは覚えている。結月は自分の右腕に装着されていた腕時計と電車の時刻表を交互に眺めながら口を開いた。
「それならよかった。出発まであと十五分ほどあるし、ちょっと話に付き合ってよ」
「もちろん。むしろそのつもりで今日ここへ来たんだから」
確か、こんな感じだったかな、と自分の記憶を遡りながら結月と会話を交わす。