だから私は仕方なく、それに小さく頷いた。
それからは、〝あの時はこんなことがあったよね〟、〝あの人とあの人、やっぱりカップルになったんだね〟と、他愛のない話でお互い盛り上がった。このやりとりは、半年前にも似たようなことをしたと思う。
この後の展開も、過去と同じなら分かる。きっと小夜は、自分の腕時計を見つめて……
「うわあ、もう十八時だ。寂しいけど、そろそろ帰らなきゃ……」
と、落ち込んだように俯くんだから。
「明日も、早いって言ってたもんね」
「そうなの。朝五時過ぎには家を出発するって、お父さんが言ってた」
「そっか……。かなり早起きだから、頑張らなきゃね」
そう言えば、小夜は少し恥ずかしそうに肩を竦めて。「私、朝苦手だからね」って、唇をきゅっと横に結んだ。
それから、ゆっくりとベンチから立ち上がる私たち。遠くの方から、カアカアとカラスの鳴く声が聞こえてきて空を見上げると、頭上の上で二羽のカラスたちが紅色の海を泳いでいた。
「じゃあ、七海。……またね」
小夜はそう小さく口にして、私に向けて手を振る。少し寂しそうに呟かれた別れの言葉だったけれど、小夜は笑顔だった。
ほら、……早く、言わなくちゃ。
小夜が向こう側に行ってしまう前に、もう二度と会えなくなる前に。小夜、ありがとうって、感謝を伝えないと。
それが、目的だったじゃない。
そう思っているのに、なかなかそれを言葉にはできなくて。
「……うん、またね」
馬鹿な私は、自分の思っている言葉とは全く反対の言葉を口にしてしまう。
小夜は口元を優しく緩め、私に背を向けた。絶望感と、情けなさと、よく分からないものが私の胸を掻き乱す。
ずっと、ずっと私と友達でいてくれた、信じてくれた大切な人との別れが、こんなものでいいわけがない。……頑張れ、私。
意を決して、彼女の名前を呼ぼうとした、その時だった。
「……七海」
私が呼ぶよりも先に、小夜が私のことを呼び、くるりとこちらに振り返った。彼女の方から声をかけてくるとは思ってもいなかった私は、呆気にとられて目を見開く。
小夜は、そんな情けない私の表情を見て、やんわりと頬を落とした。
「私、この高校にきてよかった。七海と、出会えたから」
四メートル、または五メートルほどだろうか。少しだけ遠くなった小夜の姿。けれど、その表情も、仕草も、声も。私には十分すぎるほどに届いている。