「……間もなく、列車が駅に到着します。停車駅は、皆様の一つ目の記憶です。列車が到着しましたら、立ち上がらず、その場でお待ちください。順番にご案内させていただきます」
小夜と向き合う覚悟を決めてから数分後、車内に車掌さんのアナウンスが響いた。どうやら、もうすぐ一つ目の駅に辿り着くようだ。
私は俯けていた顔をあげ、窓の外を確認する。向けた視線の先はやっぱり真っ暗で、小さな街灯が電車の動きに合わせて窓の外を高速で横切るだけ。
汽笛を響かせた列車は次第にスピードを落とし、ゆっくりと目的地へ到着した。
普通なら、ここで乗客は立ち上がり列車を降りるけれど、死神列車では通常、は、通用しない。車掌さんが順を追って案内してくれるみたいだから、もうしばらくここで待っていよう。
小夜と会う場面をシュミレーションしながら待つこと数分。
トン、トン、と靴が床を叩く音が近付いてきたのに気が付いた私は、閉じていたまぶたを開いた。
「お待たせいたしました」
私の予想通り、足音を鳴らしていたのは車掌さんだった。
「それでは、ご案内いたしますね」
「……はい」
車掌さんのやわらかな笑顔を見ていると、いよいよか……と思う。
世の中にいるほとんどの人は体験したことのないであろう、非現実的な世界。それを今から体験しようっていうものなんだから、ドキドキしない方がおかしい。
「それでは僕についてきてください」
その言葉に、私はゆっくりと立ち上がる。
列車に乗っていた時間はそんなにも長くないはずなのに、床を踏み締める感覚がやけに懐かしく思える。
一歩一歩、車掌さんの後ろを着いて行くように黒床の上を歩いた。
そして辿り着いたのは、私が死神列車に乗車したドア。
車掌さんはドアの横で立ち止まると、私の方をくるりと振り向き、口を開く。
「もう一度、整理しますね」
「はい」
「あなたがこれから向かう記憶は、十七歳の三月です。対象の人物は、長田小夜さん。彼女との記憶は比較的新しい方だと思いますので分かると思いますが、あなたはこの列車を降りたあと、彼女と最後の別れをした公園へ向かってください」
思い浮かぶのは、あのときの光景。今から私は、小夜と最後に会った、あの日に帰るのだ。
「……分かりました」
静かに頷いた私を見て、車掌さんは言葉を続ける。
「注意事項の紙に目を通していただいたと思いますが、そこに記してある条件は必ずお守りくださいね」
「はい」
「それでは、あなたがまたこの駅に来る頃にお迎えに参ります」
彼のその言葉を最後に、私は死神列車を後にした。降車してからすぐ、プシューっと扉の閉まる音がする。そしてそれから間もなくして、私の乗っていた列車はどこかへ旅立ったようだ。