「はいはい。少女漫画オタクにとってはそうよね」
「あ、馬鹿にしたな? ほら、モエモエだってさっそくイケてる男子と……あれ?」
「モエモエって」

さすがにその呼び方はどうなの、と眉を下げて沙和を見ると、彼女は立てた人差し指と自分の首を同時に傾けた。

「こっち来た」

沙和がそう言ったかと思うと、すぐさま背後から、
「ねぇ」
と低い声がする。

振り返ると、さっき嶋野さんと話していた彼がすぐそばに立っていた。あらためて近くで見ると、やはり身長が高くて威圧感がある。

「結子だよな? 俺のこと覚えてない?」

じっと見下ろすその目は、さっきの自己紹介のときと一緒だ。冷ややかで、怒っているような目。

「覚えがありませんけど」
「嘘だ。俺、川北将真(かわきたしょうま)だけど」

その名前を聞いたとき、身体が崩れそうになった。思い出したくない、ずっと封じ込めていた昔の記憶が、全身を駆け巡る。だけど、そんな自分の状態を悟られたくなかったから、なんともないふりをしてそっけなく返す。

「覚えがないって言ってるじゃないですか。私の名前、珍しくないし人違いだと思います」
「いや、小学生のとき遊んでたし、俺記憶力いいから間違いないよ。思い出せって」