「それじゃ行ってくるから、話の続きはまたね」
「はい、行ってらっしゃい」
「あとひとつ。今度の結子の誕生日だけど……」

お母さんが、私の顔色をうかがうように聞いてくる。本当は、これが聞きたかったのかもしれない。

「毎年言ってるけど、ケーキもご馳走もプレゼントもいらないよ。節約しよ」
「わかった。じゃあ、夜は結子の好きなタコライスにするわね」

どこかほっとしたような顔でそう言って、お母さんは足早に家を出ていった。ひとりになると、まるでこの家から音が消えてしまったんじゃないかと思うほど、しんと静まりかえる。

本でも読もうかな。そう思った私は、掃除のときに松下先生から借りた短編集を思い出した。バッグから取り出してパラパラとめくると、紙とインクの匂いが舞う。

『あのさ、なんなの? 嫌がらせ?』
『そんなに嫌なわけ? 俺のこと』

ふと、川北くんのことが頭に浮かび、ぱんと本を閉じる。関わりたくないと言ったときの彼の表情や、沙和に話したことであらためて思い出してしまったあの頃の出来事がよみがえってきて、読む気が削がれていく。

「そうだ、ラジオを聴こう」

そうひとり言を言って録音してあったラジオを再生する。入学式の前日に聴いた、短編投稿小説ラジオだ。