「誕生日プレゼントだったの?」
「ううん」
「じゃあ……」
「それでね、そのあとすぐに私のほうが引っ越したから」

詳しくは言いたくなくて、無理やり話を進める。まだ少ししか話していないのに、気分が悪くなってきた。バスの揺れもあって、なおさら気持ち悪い。

「そういう悪い印象が残ったままでさ、近づきたくないっていうか、話したくないっていうか」

自分の声がだんだん小さくなっていく。今まで思い出そうともしなかったけれど、当時のことを考えると、心細くなるような、ひたすら不安になるような、自分が自分ではなくなっていく感覚に襲われる。

「もともと仲が悪かったの?」
「そんなことない。よく一緒に遊んでたよ」
「じゃあ、ほら、いい思い出のほうを思い出してみたら? ふたりだけの秘密基地をつくったりとか、夜、窓に小石を投げて呼び出したりとか、夏祭りで草履の緒が切れておんぶしてもらったりとか、チューしようとしたらお母さんが入ってきたりとか」
「小一までだったって言ってるのに、そんなのあるわけないでしょ」

冗談だよ、と笑う沙和。彼女なりに、重くなった空気を戻そうとしてくれているのだろう。

「秘密基地はあったけど」

私は窓の外に視線を移し、遠くを見つめてつぶやいた。

「え? 何? ……ていうか、顔色悪いよ、結子。大丈夫?」

鼻の奥で、甘ったるい匂いがするような気がした。冷や汗をかいていた私は、
「大丈夫。バス酔いしたみたい」
とだけ返して、無理やり笑顔をつくって見せた。