「あぁ、それは私の私物だ。その人の本は読みやすいよね。ブラックユーモアもあるし、大人も楽しめる童話のようで。たしかに新刊だから図書室にもないかもしれんな」

そこで掃除の終了を告げるチャイムが鳴った。

「お借りします。失礼しました」

雑巾をすぐさま洗って、私は松下先生に一礼して準備室を出る。松下先生は「はいはい」と軽くうなずいて、また書類に目を落とした。
廊下へ出ると、川北くんと女子ふたりはまだ話しているところだった。

「えー、嘘だー、スマホ持ってないなんて」
「ほんと、残念すね」
「うわ、全然そんな顔してないんだけど。まぁ、いいや。また聞きに来るから」

連絡先を聞かれていたのだろう。その横を通り、階段へと向かう。制服を見ると、赤いクラスバッジがついていたから、三年生のようだ。

「瀬戸」

階段の踊り場まで来ると、二段飛ばしで上ってきた川北くんに呼び止められる。

「なんでその本持ってんの? もしかして、先生に聞いて借りてくれたとか?」

かまわずに足を進めていたけれど、すぐに追いつかれてしまった。