「えーと、川北くん? 廊下で君を呼んでくれと言われたけど」
「え?」
「ここの掃除はもういいから行きなさい」

穏やかに笑って廊下へと促す松下先生。昨日も思ったけれど、ずいぶんゆるい先生だ。

「あー、はい。じゃあ」

頭をかきながら廊下へと出た川北くんを見ると、はしゃいでいる女子生徒ふたりに話しかけられていた。先輩のようだけれど、親しげに肩を叩かれたりしている。

「いいねぇ、若い若い」

その言葉で、松下先生の方へ顔をやる。廊下を見ながら言っているんだと思ったの に、目が合ってしまった。なんとなく気まずくなり、「ですね」と言って本棚を離れ、長机を拭く。

「あの、松下先生」
「なんだい?」
「ここに置いてある本って……借りられるんですか?」

松下先生は机の上に置いてあった書類を手に取り、「うーん」とうなる。やっぱり借りるのは厳しいか、とがっかりしたとき、
「本当はだめなんだけど、いいよ」
と、あっさり答えが返ってきた。

「本当ですか?」

嬉しくなって思わず口元がゆるむ。ここの掃除でよかったとはじめて思えた。

「どれだい?」
「これです」

私は戸崎宗敏の短編集を本棚から抜き、表紙を松下先生に見せる。