夜道を歩いて、関の家へ急ぐ。
ほんの僅かな滞在期間だったはずが、妙にあの場所の雰囲気を、俺自身が引きずってきているような気がする。
まるであの女に、呪いをかけられたような気分だ。
ふん、呪いか。
せめて、まじないとでも言っておこうか。
月星丸の寝かされている部屋に入る。
そこには葉山が座っていた。
俺が入って来たことに、気づいていないわけはないが、枕元に座りじっと腕を組んだまま動かない。
ちらちらと揺れる灯りの中で、葉山は目を閉じていた。
「何しに来た」
言いたいことは沢山あったが、とりあえず葉山の横に座る。
葉山は目を開けただけで、一言も発しなかった。
「罪人は捕らえたのか」
「罪人などおらぬ」
俺は、再び目を閉じた葉山の横顔を見た。
「罪人がおらぬとはどういうことか。現に往来で人が刺されたのだぞ」
「もし罪人を捕らえよというのなら、お前が捕らわれて処刑されることになる」
「おい。どういうことだ」
「そういうことだ。罪人など探しても無駄だ。俺に捕まりたくなければ、ここで大人しくしておけ」
俺は一瞬、その言葉の意味を考えかけたが、そんな理不尽なことに何かを考える必要はねぇ。
すぐに葉山の襟元をつかんで、引きずりあげた。
「そりゃどういう意味だ」
「鏡月楼へ行ったのであろう。そこで話は聞かなかったのか?」
タカリと頭上で物音が聞こえた。
俺は葉山を掴んでいた手をはなす。
「一つ確認しておくが」
刀の柄に手をかける。
「貴様、どっちの味方だ」
葉山も、腰の刀に手を置いた。
「それを知らぬのが、そなたのメデタイところだ!」
天井の板が抜ける。
黒装束に身を包んだ男が飛び出した。
振り下ろされる刃を刃で受け止める。
葉山は鞘ごと抜いた刀で、自身の身を守るように構えた。
強い。
身軽な身のこなしと師範代のような正確な刀裁き。
剣術の教本と戦っているようだ。
下に構えた刃と刃が重なりあい、押しつけられるその力を受け止めるだけで、俺の腕はぶるぶると震えている。
「お前、何者だ」
そうささやいた瞬間、男は後方へ高く飛び上がり、間合いをとった。
斬りかかった俺の脇をするりと抜けると、半身を起こした月星丸に斬りかかる。
「葉山!」
俺は後ろを向けたその男の背を、思い切り蹴り跳ばした。
「お前も加勢しろ!」
床に転がった男は、そのままくるりと一回転して立ち上がった。
俺の腹に一発の肘うちを喰らわせると、月星丸を真横に斬る。
斬られた布団から、無数の綿が飛び散った。
男がもう一度刀を振り上げる。
それが振り下ろされた時、俺の右腕から血しぶきが上がっていた。
間一髪、男への体当たりで、刃先の軌道は月星丸から逸れた。
俺は即座に剣を左手に持ちかえ、斬りあげる。
男の黒装束が、はらりとめくれ落ちた。
「その香り、藤ノ木の回し者か」
俺はもう一度正眼に構えて、男と向かいあう。
「お前、どこから来た」
男が、ふっと笑ったような気がした。
そのまま廊下に飛び出すと、庭を駆け抜け塀を跳び越える。
「待て!」
追いかけようとした俺の、腕の傷がズキリと痛む。
思わずその場にうずくまった。
「くそっ」
騒ぎで起き上がってきた関と家の奉公人たちが、心配そうにのぞき込んでいる。
ほっと一息をついた葉山が、腰に鞘の刀を戻しながら言った。
「あなた方にお怪我がなくて、何よりです」
「俺が斬られた!」
「ここは医院だぞ。よかったな、安心いたせ」
関は俺の腕をめくると、手当てを始めた。
関に向かって葉山が言う。
「あなた方は、この私が全力でお守りいたします」
「俺と月星丸も守ってもらいたいもんだがなぁ!」
「それは出来ん」
「さぁ、手当ては済みましたよ」
関は俺の腕に巻いたさらしを、ぽんと叩いた。
「さほど傷が深くないのはさすがだな。ほら、あなたも泣き止みなさい」
関は、月星丸を振り返った。
「こういう時は、何か声をかけてあげるものですよ」
そう言って、関は立ち去る。
そんなことを言われても、何を言っていいのかさっぱり思いつかない。
それは葉山も同じようだった。
「もう寝ろ。今夜はこれ以上、騒ぎは起こらないだろうからな」
「ごめんなさい、ごめ、ん、なさい……」
俺はこの場の雰囲気に困って、葉山を振り返る。
俺と月星丸を守る気のない男は、目を閉じてじっと座っていただけだった。
俺はその葉山の隣に腰を下ろすと、同じように目を閉じた。
ほんの僅かな滞在期間だったはずが、妙にあの場所の雰囲気を、俺自身が引きずってきているような気がする。
まるであの女に、呪いをかけられたような気分だ。
ふん、呪いか。
せめて、まじないとでも言っておこうか。
月星丸の寝かされている部屋に入る。
そこには葉山が座っていた。
俺が入って来たことに、気づいていないわけはないが、枕元に座りじっと腕を組んだまま動かない。
ちらちらと揺れる灯りの中で、葉山は目を閉じていた。
「何しに来た」
言いたいことは沢山あったが、とりあえず葉山の横に座る。
葉山は目を開けただけで、一言も発しなかった。
「罪人は捕らえたのか」
「罪人などおらぬ」
俺は、再び目を閉じた葉山の横顔を見た。
「罪人がおらぬとはどういうことか。現に往来で人が刺されたのだぞ」
「もし罪人を捕らえよというのなら、お前が捕らわれて処刑されることになる」
「おい。どういうことだ」
「そういうことだ。罪人など探しても無駄だ。俺に捕まりたくなければ、ここで大人しくしておけ」
俺は一瞬、その言葉の意味を考えかけたが、そんな理不尽なことに何かを考える必要はねぇ。
すぐに葉山の襟元をつかんで、引きずりあげた。
「そりゃどういう意味だ」
「鏡月楼へ行ったのであろう。そこで話は聞かなかったのか?」
タカリと頭上で物音が聞こえた。
俺は葉山を掴んでいた手をはなす。
「一つ確認しておくが」
刀の柄に手をかける。
「貴様、どっちの味方だ」
葉山も、腰の刀に手を置いた。
「それを知らぬのが、そなたのメデタイところだ!」
天井の板が抜ける。
黒装束に身を包んだ男が飛び出した。
振り下ろされる刃を刃で受け止める。
葉山は鞘ごと抜いた刀で、自身の身を守るように構えた。
強い。
身軽な身のこなしと師範代のような正確な刀裁き。
剣術の教本と戦っているようだ。
下に構えた刃と刃が重なりあい、押しつけられるその力を受け止めるだけで、俺の腕はぶるぶると震えている。
「お前、何者だ」
そうささやいた瞬間、男は後方へ高く飛び上がり、間合いをとった。
斬りかかった俺の脇をするりと抜けると、半身を起こした月星丸に斬りかかる。
「葉山!」
俺は後ろを向けたその男の背を、思い切り蹴り跳ばした。
「お前も加勢しろ!」
床に転がった男は、そのままくるりと一回転して立ち上がった。
俺の腹に一発の肘うちを喰らわせると、月星丸を真横に斬る。
斬られた布団から、無数の綿が飛び散った。
男がもう一度刀を振り上げる。
それが振り下ろされた時、俺の右腕から血しぶきが上がっていた。
間一髪、男への体当たりで、刃先の軌道は月星丸から逸れた。
俺は即座に剣を左手に持ちかえ、斬りあげる。
男の黒装束が、はらりとめくれ落ちた。
「その香り、藤ノ木の回し者か」
俺はもう一度正眼に構えて、男と向かいあう。
「お前、どこから来た」
男が、ふっと笑ったような気がした。
そのまま廊下に飛び出すと、庭を駆け抜け塀を跳び越える。
「待て!」
追いかけようとした俺の、腕の傷がズキリと痛む。
思わずその場にうずくまった。
「くそっ」
騒ぎで起き上がってきた関と家の奉公人たちが、心配そうにのぞき込んでいる。
ほっと一息をついた葉山が、腰に鞘の刀を戻しながら言った。
「あなた方にお怪我がなくて、何よりです」
「俺が斬られた!」
「ここは医院だぞ。よかったな、安心いたせ」
関は俺の腕をめくると、手当てを始めた。
関に向かって葉山が言う。
「あなた方は、この私が全力でお守りいたします」
「俺と月星丸も守ってもらいたいもんだがなぁ!」
「それは出来ん」
「さぁ、手当ては済みましたよ」
関は俺の腕に巻いたさらしを、ぽんと叩いた。
「さほど傷が深くないのはさすがだな。ほら、あなたも泣き止みなさい」
関は、月星丸を振り返った。
「こういう時は、何か声をかけてあげるものですよ」
そう言って、関は立ち去る。
そんなことを言われても、何を言っていいのかさっぱり思いつかない。
それは葉山も同じようだった。
「もう寝ろ。今夜はこれ以上、騒ぎは起こらないだろうからな」
「ごめんなさい、ごめ、ん、なさい……」
俺はこの場の雰囲気に困って、葉山を振り返る。
俺と月星丸を守る気のない男は、目を閉じてじっと座っていただけだった。
俺はその葉山の隣に腰を下ろすと、同じように目を閉じた。