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 カイリさんとスバルさんの家は、龍ノ原の集落を見晴らす山手にある。港からたいした距離じゃないけれどクルマで移動したのは、スバルさんが仕事場からおれたちの出迎えへ直行したからだ。
 スバルさんの職場である発電施設は、島のいろんな場所にある。龍頭から龍ノ尾崎まで、うねうねした道なりに測ると、三十キロくらいあるらしい。しかも山道だ。クルマなしじゃ話にならない。

「ぼくは毎日、風車全基を見回っているんだ。龍ノ里島の山道は、最近ではぼくの専用道路だよ。龍ノ原の人たちは、祭りのときくらいしか山に入らないからね」
 運転しながら、スバルさんはそう言った。おれはあいづちを打った。

「昔は龍ノ原以外にも集落があったんでしょう?」
「うん。龍ノ里島は大きな漁業基地だったんだ。昭和四十年代までは人口が増え続けて、港のそばの龍ノ原だけじゃ収まりきれずにね、島のあちこちに人が住んでいた。海の男のための酒場もたくさんあったって話だよ」

「港町だったってことですよね。そのころはずいぶん活気があったんでしょうね」
「龍ノ原湾は港として優秀な形をしているし、有名なジンクスもあるから漁師たちが集まった。命懸けで海に出る漁師たちはみんな、かなり信心深いんだ。その名残で、龍ノ原の人たちは今でもそのジンクスを信じて、お願いごとをしたりする」

「ジンクスですか?」
 意外にも、ハルタがそれを知っていた。
「ジンクスってか、伝説だろ? 龍ノ神《たつのかみ》が守ってる島だから、ここから船出したら、海で遭難しにくいって。遭難しても、奇跡的に助かったり。だから、昔の龍ノ里島にはデカい漁船が集まってきてたんだろ。おれ、ネットでその話、見付けて読んだ」

 そういえば、何日か前にハルタが騒いでいた気がする。龍ノ里島の伝説がどうのこうのと、まるでゲームみたいな話をしていた。おれは数学の問題集を解きながら、適当に聞き流していた。
 クルマを運転するスバルさんは、バックミラー越しにハルタに微笑んだ。

「龍ノ里島のこと、調べてきてくれたんだね。嬉しいな。龍ノ神の祭りは、今でも細々と続いているよ。山のあちこちに祠があって、島民総出で、定期的に掃除をして回っているしね」
「そういうの、おれ、好きだから。何かカッコいいなーって。それと、カッコいいって言えば、このクルマも! 四駆だよな」

「うん、四輪駆動。普通の二輪駆動よりパワーがあるから、龍ノ里島の山道には向いててね。ハルタくんは、やっぱりクルマが好き?」
「好きだけど、どっちかっつーと、兄貴のほうが詳しいぜ。な、兄貴! 兄貴も四駆のゴツいやつ、すげー好きだろ? このクルマ、色的には兄貴のマシンに近いし、そそられるんじゃねぇの?」

 丁寧語が全然使えない上に言葉足らずで考えなしのハルタの脇腹をつついて黙らせる。うぐっと言って沈んでいったハルタを、バックミラー越しのスバルさんが笑った。おれはごまかし笑いをして、四駆のパワフルなエンジン音に負けないように声を張り上げる。

「すみません、ハルタが失礼な口の利き方をして」
「気にしないよ。それより、ユリトくんのマシンって、どういうこと?」

 プラモートに夢中だったなんていう子どもっぽい話、初対面の人の前でしたくない。だいたい、おれはとっくにレースに出るのをやめている。まあ、話題を撤回しようにも、もう遅いけれど。

「自動車模型の話です。電池二本で動くサイズの自動車模型で、ぼくはパワーと安定性重視、ハルタはスピードと軽さ重視のセッティングにしてます……してました。小学生のころの趣味だったんですよ」
「なるほど、走る自動車模型か。プラモート?」

「ご存じなんですか?」
「ぼくも昔、きみたちと同じ趣味を持ってたよ。男は誰でも通る道なのかな? ちなみに、ぼくはユリトくんと同じく、コーナリングに重きを置くセッティングにしていた」

 スバルさんの答えに、軽く驚いた。中学生なのに意外と子どもっぽいんだね、と笑われるかと思っていた。だって、言ってしまえばおもちゃの話だ。特におれは、年齢の割に大人びていると見られていて、模型云々と口にするようなタイプじゃない。
 ハルタは、話に乗ってくれたスバルさんに尻尾を振る勢いだった。

「同じ趣味って、第一世代のブームかな? 近所の模型屋のおっちゃんが見せてくれたやつ。レギュレーション合わせて、レースしたことあるぜ。昔のやつでも、一緒の条件だと、けっこういい勝負するんだよな」
「レースか。なつかしい響きだね。小遣いをつぎ込んで性能のいい充電式の電池を買って、草レースと携帯型のゲーム機に使い回していたな。充電池は公式レースじゃ禁止されてたっけ」

「それ、昔の話。今は公式で認定された充電式のやつがあって、みんなそれ使ってる」
「へえ、そうなんだ。ゲーム機に乾電池を使う話も、古いよね」

「そのゲーム機も、模型屋に飾ってあるから知ってる。灰色で、すっげー分厚くて、画面がちっちゃいやつ。ボタンの数も少ないよな」
「そう、それだ。友達との付き合いで、ゲームもそれなりにやってたけど、育成ゲームが流行ったときに付いていけなくなって、模型ひとすじになったな。それも結局、進学だ何だで、やらなくなっちゃったけど」

 ハルタに話して聞かせるスバルさんを、おれは少し離れたところから見ている。
 スバルさんって、変わった大人だ。だって、楽しそうにおもちゃの話をする大人なんて変だろう。模型屋のおじさんや田宮先生くらいのものだと思っていた。二人とも変わり者を自称している。どうしてそういうのが恥ずかしくないんだろう?

 おれは何となく、助手席のカイリさんをうかがった。じっと黙っている。女子はプラモートの話なんか興味ないのかな。それとも、おれやハルタがいるから口を開かないのか。まあ、おれとしては、静かな人のほうがいい。お互い干渉しないで済む。