おれの体が、ふわりと浮き上がる。カイリの腕から離れそうになって、おれは慌てて手を伸ばした。カイリの細い手首をつかむ。
 カイリがおれを見上げた。龍と同じ紺碧の大きな目が、かすかに細められる。

「おまえは、こちらの姿のほうが好きか?」
「おれはカイリの姿のきみと出会ったから、カイリでいてくれるほうが話しやすい」
「わたしと話をしてくれるのか?」
「言葉を交わしたかったって、たった今、きみが言っただろ」

 龍の気配が柔らかく溶けて消えて、カイリが少女の顔で微笑んだ。
「そうだね。朝の防波堤や、昼間の校舎や、真夜中の屋根の上、わたしの祠の前。ユリトの言葉が聞けて、わたしは満足だった」

「満足するなよ。おれは話したよ。でも、十分じゃない。カイリの話を聞いてない。おれが自分のことをしゃべって自分を見せるばっかりだった。普段はこんなんじゃないのに、聞いてもらいたい、受け止めてもらいたいって、カイリの前ではわがままだらけになってた」
 おれはカイリの手首を引っ張った。同じ高さに浮かんできたカイリと、正面から向き合う。カイリは首をかしげた。

「わがまま?」
「迷いを晴らす方法を、カイリに教えてもらいたかったんだ。ハルタにも誰にも弱音を吐かずにきたけど、カイリはなぜか違う。今まで出会った誰とも違って、カイリならおれを助けてくれる気がして、おれはすがり付いた。子どもみたいなわがままだよ」

「わたしは何も知らない。何の助言もできないし、救いの道を開くこともできない。人間は、迷う生き物だから。わたしは、その迷いごと全部、見守るだけ」
「違う、そうじゃなくて」
「何が違う?」
「神さまじゃなくていいんだ。おれがカイリにぶつけたかったわがままは、別に、神さまの力なんか必要なくて……」

 感情はここにある。言葉が追い付かない。
 おれが出会ったのは、神さまじゃない。一人のきれいな、少し不思議な女の子だ。だからこそ、おれはカイリに触れたくなったし、見つめてほしいと思った。
 体温だとか鼓動だとか、生身の感覚がこの不思議な時空間の中にも存在していて、おれの頬はだんだん熱くなっていく。胸の高鳴りのせいで、息が苦しい。言葉が見付からない。

 カイリの目が、不意に強くきらめいた。
「ユリトは、このままじゃ死ぬ」
「……死ぬ? おれが、死ぬ?」
「いくつもの要因があって、いくつかの分岐があって、選択の結果、ユリトはここに至った。選択の理由を、わたしは聞きたい。なぜ、生きることをやめようとした?」

 青く澄んだカイリの瞳が、おれの答えを求めている。おれは、見つめているのか見惚れているのか、どっちだろう?

「死にたいつもりはないよ」
「本当に?」
「死ねないから……投げ出せないから、悩んでるんだ」
「終わらせたいと思っていたでしょう?」
「……そうだけど」

「ユリトの肉体は、眠ることを放棄した。それは、生物としての姿を放棄すること」
「自分から望んでそうなったわけじゃない。体が、言うことを聞かなかった。おれは、あきらめてない。投げ出してない。進みたいのに、うまく進めないだけで」
「このまま死ぬのが怖い?」

 心の奥までのぞき込む問いに、言葉が固まる。たやすく答えてはいけない。
 怖いんだろうか?
 今、痛くも苦しくもない。一人ではないから、寂しくもない。どうせいつかは終わるんだ。引導を渡してくれるのがカイリなら、全然かまわないんじゃないか。だって、おれは。
 いや、それじゃ意味がない。