ハルタが手を挙げながら割り込んできた。
「おれもおれも! 兄貴と違って難しい話はわかんねえけど、でっかい風車とかさ、回るもんって、すげえ好き!」

「じゃあ、ハルタくんもぜひ、近くで風車を見てよ。初めてなら、けっこう迫力あると思うよ。それにしても、二人とも似てるよね。双子みたいだって言われるだろう?」
「言われるよ。おれは中二で兄貴が中三だけど、よく勘違いされんだ。でも、メチャクチャそっくりってわけじゃねぇだろ? 性格とか特技とか、まったく逆だしな」
「雰囲気は全然違うね。似てるとは思うけど、間違えたりはしないよ」

「だよな! 兄貴はこのとおり口うるさいインテリ系。おれは完璧にスポーツ系で、部活はやってないけど、陸上部と体操部とサッカー部から助っ人に呼ばれんだ」
「へえ、それはすごい。運動神経がいいんだね。学校の外で何かスポーツをやってるの?」
「レーシングカート。サーキットで、一〇〇ccのカート走らせてる。おれ、将来は絶対、プロのレーサーになるんだ」

 運動神経も動体視力も抜群のハルタなら、時速三百キロを超えるF1マシンも乗りこなせるかもしれない。でも、今ここで問題にすべきなのは、こいつの失礼さだ。スバルさんにはちゃんと挨拶しろって、あれほど言っておいたのに。

 ハルタが失礼ですみませんと、おれはスバルさんに謝ろうとした。喉まで出かかった声が止まったのは、いつの間にかスバルさんの隣に立っていた人物のせいだ。
 女子、だ。すごくきれいな子。おれやハルタと同じくらいの年だろうけど、スラリと手足が長くて背が高い。おれもハルタも、少し彼女を見上げる形になる。

「え。この子、誰? なあ、兄貴」
 声変わり途中のハルタのささやきが、微妙に裏返った。誰って訊かれても、おれも知らない。田宮先生は何も言っていなかった。

 彼女が首をかしげた。無造作に背中に流した髪は太陽の光を浴びて、茶色くきらめいている。白いタンクトップとジーンズのショートパンツ。小麦色の素肌がまぶしすぎる。

「わたしは、海里《カイリ》。きみたちが、とうさんのお客?」
「とうさんって、スバルさんのことですよね?」
「そう」

 スバルさんが頬を掻いた。
「娘のカイリだよ。ユリトくんと同じ中学三年生だ。父ひとり、子ひとりの暮らしでね。カイリはこう見えて料理も家事もできるし、この島のことなら何でも知ってる。こっちにいる間、何かあればカイリを頼ってくれていいよ」

 カイリさんは一瞬だけ笑った。薄い茶色に透き通る目が、じっとおれを見つめる。
「よろしく」
 少し低い、澄んだ声。はしゃいで甲高く叫ぶクラスの女子たちとは全然違う。化粧をした上目遣いの制服姿なんて、カイリさんは無縁なんだろうな。そう思うと、頬はほてったままだけれど、いくらか気楽になった。

「よろしくお願いします。お世話になります」
「敬語じゃなくていい。同い年だし」
「え? あ、それはそう、です、けど」
「呼び方も、カイリでいいから。わたしも、ユリト、ハルタって呼ぶ」

 名前を呼ばれた瞬間に、またドキッとした。合わせていられない視線を、うろうろとさまよわせる。
 新たに視界に入ってきたのは、カイリさんの華奢な鎖骨、軽く持ち上がった胸元の布地。スタイルいいな。クラスの女子もこのくらいあるっけ? じゃなくて。
 胸から目をそらしたら、今度は、むき出しの二の腕や脚が気になる。ああもう、目のやり場がない。しかも、いきなり呼び捨てって、おれにはハードルが高すぎる。

 スバルさんが、別に助け舟を出してくれたわけじゃないだろうけれど、ポンと手を叩いて陸のほうを指した。

「さて、ここにいても暑いだけだし、我が家に移動しようか。改めまして、ユリトくん、ハルタくん、龍ノ里島へようこそ。海と空と風と山を、ゆっくり楽しんでいってほしい」