おれとスバルさんは崖の柵のそばで話をしていたけれど、ハルタは下がのぞけるところへ近寄ってこようともしない。カイリをつかまえてしゃべっているのが、相変わらず、おれをイライラさせている。

「カイリ、これ見ろよ! じゃーん! おれのプラモート。速いんだぜ」
「ハルタも持ってきてたんだ? ユリトのマシンと、雰囲気が違うね」
「えっ、兄貴のシュトラール、見たことあんのか?」
「うん。ハルタのマシンは、何ていう名前?」
「トルネードっていうんだ。兄貴のマシンと違って、モーター選びからギヤ比まで全部、スピード重視のセッティングさ」

 ハルタは、プラモートのセッティングについて、とうとうと語り出した。そんなマニアックな話、きっとカイリには一つもわからない。でも、カイリは大きな目をキラキラさせて、ハルタのトルネードに見入っている。

「きれいな形。ハルタっぽいデザインだね」
「カッコいいだろ? 本気出して塗装したからな」

 トルネードのボディは白地で、青をベースにしたカラフルなラインが走っている。無秩序なようでいて案外きちんとした色の配置になっているのは、ハルタの動物的な勘の良さが為せるわざだ。
 スバルさんもプラモートに興味を引かれたみたいで、ハルタのほうに歩いていく。取り残されるのはむなしいから、おれもため息交じりで追い掛けて、ちょっと離れたところで立ち止まった。

 ハルタがトルネードを太陽に掲げてみせた。プラスチック製のコクピットが、陽光をキラリと反射する。
「レーサーになりたいっていう夢を、最初に見せてくれたのがトルネードなんだ。全速力で走ってるときのトルネードの前には、すっげー景色が広がってる。チップの再現映像で初めてそれを知ったとき、いつか自分の目で本物を見たいと思った」

 スバルさんがニコニコして応じた。
「なつかしいな。ぼくが昔ハマっていたころに比べて、ずいぶん凝った装備を施すようになっているんだね。チップの技術もすごそうだ。久しぶりに、プラモートをいじってみたくなったよ」

「龍ノ里島の一つ隣にあるデカい島なら、売ってるみたいだぜ。品ぞろえのいいホームセンターがあるんだろ?」
「ああ、あそこに売ってるのか。ハルタくん、どうして知ってるの?」
「とうちゃんのパソコン使って、ネットで調べた!」

 ハルタが言っているのは、プラモートのファンが情報提供する無料のサイトのことだ。全国どこにある模型屋やホームセンターでプラモート関連の商品が買えるか、その店の住所も含めて掲載された、有志によるまとめサイトだ。
 小学校のころは、家族で旅行や遠出をするたびに、必ずハルタと一緒に模型屋巡りをした。プラモートが一台あれば、おれたちは、どこに行ったって人とコミュニケーションが取れた。

 スバルさんがハルタに提案した。
「明日あたり、漁船に乗せてもらって隣の島に買い出しに行くんだけど、ハルタくんたちも一緒に行こう。ついでにホームセンターも寄ってみようと思うんだ。ぼくも一台、プラモートを買いたいな。アドバイスもらえるかな?」

「よっしゃ、もちろん引き受けた! どれくらいの品ぞろえなのか、すっげー楽しみだな! おれも実は、シャーシを買い直そうと思ってんだ。トルネードのシャーシ、スイッチのとこが甘くなってて」

「スイッチ?」
「車体の裏のこれ。オフのほうのツメが折れてて、カチッと止まりにくいんだ。で、ちょっとした衝撃で走り出したり。こないだ、学校帰りにカバンの中でいきなりウィィィンってなって、かなりビビった。だよな、兄貴!」

 ハルタに満面の笑みを向けられた。いちいち無神経なハルタの言動に、イライラの水位が上昇する。
 まずい。このくらいでイライラしていたんじゃ、ハルタと一緒になんていられない。わかっているはずなのに、うまく感情をコントロールできない。