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 紺碧の海の上に白い澪を引いて、フェリーが島の港へと入っていく。ぶおーっ、と低い汽笛が二回、龍ノ背の山並みに響いた。
 おれは思わず、ケータイのカメラのシャッターを切った。隣でハルタもデジカメを取り出して、何枚も何枚も、写真を撮っている。

 スバルさんは、得意げに小鼻をひくひくさせた。
「絵になる景色だろう? ここ、龍ノ尾崎の灯台から見る龍ノ原港は、どんな天気のときもカッコよくてね。このタイミングに間に合ってよかった」

 龍ノ里島の南の突端、龍ノ尾崎の灯台は、黒々とした断崖絶壁のギリギリのところに建っている。ちょっと変わった形をした灯台だ。円筒じゃなく、細長い直方体。色は真っ白で、空の青と海の青、山の濃い緑に映えて凛々しい。

 フェリーの時間が迫っていたから、山手に建つ風車の見学を後回しにして、先に龍ノ尾崎にやって来た。途中の山道にも、龍ノ神の祠があった。スバルさんは、週に一回か二回、祠の掃除をしているそうだ。龍ノ原の長老みたいな人に頼まれているらしい。
 龍ノ尾崎の灯台の屋上は、とにかく風が強かった。港とフェリーの写真を撮った後、吹き飛びそうなケータイを急いでバッグにしまい込む。

「ハルタ、そろそろ下りる?」
 カイリが訊いた。ハルタは高所恐怖症の気がある。デジカメをいじり終えると、急に恐怖心を思い出したらしく、そわそわし始めた。カイリはそれに気付いたんだ。

「そうする! おれ、先に下りるから!」
 勢いよく宣言して、ハルタは身軽に逃げ出した。螺旋になった階段を、二段飛ばし。ピョンピョン弾んでいるくせに、足音はほとんど立たない。
 スバルさんが感心した。

「すごいな、あの動き。ハルタくんは運動ができると聞いていたけど、全身の筋力というか、バネが違うね。うらやましい」
「ですよね。ぼくと同じ遺伝子のはずなのに、ハルタだけがあんなふうに動けるんです」
「ユリトくんも、スポーツができるんだろう?」
「人並みですよ。ハルタに勝てる種目、一つもありません」

 階段の下からハルタが叫んでいる。
「兄貴たち、何やってんだよー! 早く下りてこいよー!」

 勝手なやつだ。カイリが肩をすくめて、階段を下り始める。おれとスバルさんも続いた。本当は灯台の機械室も見てみたかったのだけれど、そこの鍵はスバルさんも預かっていないらしい。

 灯台の電源は、断崖絶壁の下に設置された海流発電でまかなっている。海流発電は、水没させた水車を海水の流れによって回して、その回転エネルギーを電気エネルギーに変換する発電方法だ。風力発電の海中バージョンみたいなイメージでいいと思う。

 潮風が吹き荒れる岬の突端で、丸太の柵越しに海を見下ろす。牙をむくような高波が、もつれ合うように渦を為している。砕けた白いしぶきが、黒岩の断崖絶壁を駆け上がってくる。

「ここから海面まで、三十メートルくらいだったかな。落ちたらまず上がってこられないから、気を付けてね」
「サラッと怖いこと言わないでくださいよ。でも、本当にすごい速さの流れですね」

「龍ノ里島は、外海に放り出された離れ小島だからね。島を取り巻く海流は、速くて荒い。しかも、この龍ノ尾崎の岬の下にはいくつもの海底洞窟があって、そこを通り抜ける海水の流れがあることで、この複雑な渦潮がいつでも発生している」
「じゃあ、風力発電で例えるなら、この海の下はいつでも大嵐なんですね。水車を設置するのも、壊れないように維持するのも、ずいぶん大変でしょう?」

「もちろん人間が作業するわけにいかないから、海底で作業できるロボットを操作して設置したんだ。メンテナンスにもロボットを使ってるよ。宇宙空間で使う作業ロボットのテストも兼ねているんだ」
「宇宙開発の技術が海底でも活かされるって、カッコいいですね。そのロボットの作業風景、いつか見てみたいです」