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 洗濯物を干し終わって、そばの木陰で龍ノ原湾を眺めていたら、ハルタがおれを呼ぶ声が聞こえた。あちこち探し回っているらしい。

「来るなよ、面倒くさい」
 ひとりごちた途端、ギシギシと耳障りに軋みながら、二階の網戸が開けられた。降ってきたのは、カイリの声だ。
「あ、ユリト、いた」

 目を上げたら、窓からカイリが顔を出していた。その隣にハルタが割り込んだ。肩が触れ合っている。

「おーっ、兄貴えらい! 洗濯物、やってくれてたのか。サンキュー!」
「別に。おまえがやったら、グチャグチャになりそうだしな」
「兄貴、噂してたら、ちょうどチナミから連絡来たぞ。絵葉書だ。二人とも元気してるかー、って」

「おまえ、チナミちゃんにここの住所、教えてたのか?」
「教えたよ。だって、しばらく留守にするっつったら、どこ行くんだって訊いてくるからさ。チナミが相手なら、隠さなくていいじゃん。今からチナミに電話しようぜ」

 ハルタはいつチナミちゃんと話をしたんだろう? おれはいつからチナミちゃんと話していないだろう?
 よく倒れるようになって、人を避けるようになった。話をしても、覚えていられないことがあるせいだ。おれは、頭がおかしくなっている。記憶力のよさには自信があったのに。

「電話なら、おまえだけで掛けろよ」
「何だよ、やっぱ機嫌悪ぃ。カイリ、兄貴って面倒くさいんだぜ。一回へそ曲げたら、なかなかもとに戻らねぇんだ」

 ごく近い距離で、ハルタはカイリに笑ってみせた。カイリもちょっと笑い返している。
 じりっと胸が痛んだ。しかめっ面が直らない。一緒に笑えないおれは仲間外れかよ。ハルタのバカ野郎、チナミちゃんの話をしながら、カイリとベタベタするな。

 ハルタには、ベタベタしているつもりなんてないんだろう。あれがいつものハルタの距離だ。だからこそ余計に、おれは腹が立つ。人のふところに飛び込んでいって簡単に受け入れられるハルタに、嫉妬する。

「おい、ハルタ」
 自分でもゾッとするくらい冷たい、低い声が出た。
「何だよ?」
「チナミちゃんにいい加減な返事をするなよ。ちゃんと向き合え。気付いてやれよ、バカ」

 ここにいるのがおれだけだったら、きっと、チナミちゃんからの連絡は来ない。ハルタがいるから、絵葉書が来た。夏の予定を訊かれたのも、ハルタだけだ。おれじゃない。
 そういうサインはいくつもあって、しょっちゅう目に入って、ひとつひとつ数えるたびに、おれはやるせなくなる。

 おれはあきらめたんだぞ、ハルタ。なのに、おまえ、自覚なすぎるんだよ。おまえがいつまで経ってもその程度なら、おれがあきらめた意味、全然ないじゃないか。
 胸の奥をいぶす思いは、決してきれいなものじゃない。恋から逃げ出した自分を正当化しているだけだ。チナミちゃんを想って身を引いたわけでも、ハルタの背中を後押ししてやるわけでもない。

 ふられるとわかっていてチナミちゃんに告白したサッカー部の彼は、なんて立派だったんだろう。おれはハルタに負けるとわかった瞬間、自分で自分の心を捨てた。
 おれは、臆病で卑怯だ。