☆.。.:*・゜
洗濯物を干し終わって、そばの木陰で龍ノ原湾を眺めていたら、ハルタがおれを呼ぶ声が聞こえた。あちこち探し回っているらしい。
「来るなよ、面倒くさい」
ひとりごちた途端、ギシギシと耳障りに軋みながら、二階の網戸が開けられた。降ってきたのは、カイリの声だ。
「あ、ユリト、いた」
目を上げたら、窓からカイリが顔を出していた。その隣にハルタが割り込んだ。肩が触れ合っている。
「おーっ、兄貴えらい! 洗濯物、やってくれてたのか。サンキュー!」
「別に。おまえがやったら、グチャグチャになりそうだしな」
「兄貴、噂してたら、ちょうどチナミから連絡来たぞ。絵葉書だ。二人とも元気してるかー、って」
「おまえ、チナミちゃんにここの住所、教えてたのか?」
「教えたよ。だって、しばらく留守にするっつったら、どこ行くんだって訊いてくるからさ。チナミが相手なら、隠さなくていいじゃん。今からチナミに電話しようぜ」
ハルタはいつチナミちゃんと話をしたんだろう? おれはいつからチナミちゃんと話していないだろう?
よく倒れるようになって、人を避けるようになった。話をしても、覚えていられないことがあるせいだ。おれは、頭がおかしくなっている。記憶力のよさには自信があったのに。
「電話なら、おまえだけで掛けろよ」
「何だよ、やっぱ機嫌悪ぃ。カイリ、兄貴って面倒くさいんだぜ。一回へそ曲げたら、なかなかもとに戻らねぇんだ」
ごく近い距離で、ハルタはカイリに笑ってみせた。カイリもちょっと笑い返している。
じりっと胸が痛んだ。しかめっ面が直らない。一緒に笑えないおれは仲間外れかよ。ハルタのバカ野郎、チナミちゃんの話をしながら、カイリとベタベタするな。
ハルタには、ベタベタしているつもりなんてないんだろう。あれがいつものハルタの距離だ。だからこそ余計に、おれは腹が立つ。人のふところに飛び込んでいって簡単に受け入れられるハルタに、嫉妬する。
「おい、ハルタ」
自分でもゾッとするくらい冷たい、低い声が出た。
「何だよ?」
「チナミちゃんにいい加減な返事をするなよ。ちゃんと向き合え。気付いてやれよ、バカ」
ここにいるのがおれだけだったら、きっと、チナミちゃんからの連絡は来ない。ハルタがいるから、絵葉書が来た。夏の予定を訊かれたのも、ハルタだけだ。おれじゃない。
そういうサインはいくつもあって、しょっちゅう目に入って、ひとつひとつ数えるたびに、おれはやるせなくなる。
おれはあきらめたんだぞ、ハルタ。なのに、おまえ、自覚なすぎるんだよ。おまえがいつまで経ってもその程度なら、おれがあきらめた意味、全然ないじゃないか。
胸の奥をいぶす思いは、決してきれいなものじゃない。恋から逃げ出した自分を正当化しているだけだ。チナミちゃんを想って身を引いたわけでも、ハルタの背中を後押ししてやるわけでもない。
ふられるとわかっていてチナミちゃんに告白したサッカー部の彼は、なんて立派だったんだろう。おれはハルタに負けるとわかった瞬間、自分で自分の心を捨てた。
おれは、臆病で卑怯だ。
洗濯物を干し終わって、そばの木陰で龍ノ原湾を眺めていたら、ハルタがおれを呼ぶ声が聞こえた。あちこち探し回っているらしい。
「来るなよ、面倒くさい」
ひとりごちた途端、ギシギシと耳障りに軋みながら、二階の網戸が開けられた。降ってきたのは、カイリの声だ。
「あ、ユリト、いた」
目を上げたら、窓からカイリが顔を出していた。その隣にハルタが割り込んだ。肩が触れ合っている。
「おーっ、兄貴えらい! 洗濯物、やってくれてたのか。サンキュー!」
「別に。おまえがやったら、グチャグチャになりそうだしな」
「兄貴、噂してたら、ちょうどチナミから連絡来たぞ。絵葉書だ。二人とも元気してるかー、って」
「おまえ、チナミちゃんにここの住所、教えてたのか?」
「教えたよ。だって、しばらく留守にするっつったら、どこ行くんだって訊いてくるからさ。チナミが相手なら、隠さなくていいじゃん。今からチナミに電話しようぜ」
ハルタはいつチナミちゃんと話をしたんだろう? おれはいつからチナミちゃんと話していないだろう?
よく倒れるようになって、人を避けるようになった。話をしても、覚えていられないことがあるせいだ。おれは、頭がおかしくなっている。記憶力のよさには自信があったのに。
「電話なら、おまえだけで掛けろよ」
「何だよ、やっぱ機嫌悪ぃ。カイリ、兄貴って面倒くさいんだぜ。一回へそ曲げたら、なかなかもとに戻らねぇんだ」
ごく近い距離で、ハルタはカイリに笑ってみせた。カイリもちょっと笑い返している。
じりっと胸が痛んだ。しかめっ面が直らない。一緒に笑えないおれは仲間外れかよ。ハルタのバカ野郎、チナミちゃんの話をしながら、カイリとベタベタするな。
ハルタには、ベタベタしているつもりなんてないんだろう。あれがいつものハルタの距離だ。だからこそ余計に、おれは腹が立つ。人のふところに飛び込んでいって簡単に受け入れられるハルタに、嫉妬する。
「おい、ハルタ」
自分でもゾッとするくらい冷たい、低い声が出た。
「何だよ?」
「チナミちゃんにいい加減な返事をするなよ。ちゃんと向き合え。気付いてやれよ、バカ」
ここにいるのがおれだけだったら、きっと、チナミちゃんからの連絡は来ない。ハルタがいるから、絵葉書が来た。夏の予定を訊かれたのも、ハルタだけだ。おれじゃない。
そういうサインはいくつもあって、しょっちゅう目に入って、ひとつひとつ数えるたびに、おれはやるせなくなる。
おれはあきらめたんだぞ、ハルタ。なのに、おまえ、自覚なすぎるんだよ。おまえがいつまで経ってもその程度なら、おれがあきらめた意味、全然ないじゃないか。
胸の奥をいぶす思いは、決してきれいなものじゃない。恋から逃げ出した自分を正当化しているだけだ。チナミちゃんを想って身を引いたわけでも、ハルタの背中を後押ししてやるわけでもない。
ふられるとわかっていてチナミちゃんに告白したサッカー部の彼は、なんて立派だったんだろう。おれはハルタに負けるとわかった瞬間、自分で自分の心を捨てた。
おれは、臆病で卑怯だ。