海の色も空の色も深く輝いて、目に染み入るほどに強い。今日は一体、何時間、こうして二つの青色を見つめているだろう?

 朝、本土からフェリーに乗った。昼過ぎに大きな島に着いて、そこで一回り小さなフェリーに乗り替えた。ずっと甲板に立って潮風に吹かれながら、海と空を見ていた。フェリーの大らかなエンジン音が体の芯に響いて心地よかった。

 午後三時。おれは龍ノ里島《たつのさとじま》に到着した。浮き桟橋に降り立つと、海の匂いに混じって、船の排気と機械油と赤錆びの匂いがした。海辺まで迫った山並みからセミの声が降ってくる。波の音。風の唸り。太陽の光。

「遠くまで来たんだな」
 ぽつりとつぶやいてみた。甲板のベンチでグースカ寝ていた弟が、盛大な伸びをして、ピョンと飛び跳ねた。
「すっげぇな! ほんと、離れ小島って感じ。海も空も気持ちいい色してるじゃん!」

「今日はおまえ、船酔いしてないみたいだな」
「へーきへーき! 兄貴こそ、ずっと起きてたんだろ? いきなりぶっ倒れたりすんなよ!」
「しないよ。余計なお世話だ」

 フェリーの大きさに比べて、乗客は圧倒的に少なかった。おれたち以外は、新聞と郵便と食料品と生活雑貨を運んできたおじさんと、大きい島の病院に検診に行っていたおばあさんだけ。
 おじさんが運転する軽トラックは、ついでにおばあさんを助手席に乗せて、浮き桟橋からコンクリートの波止場へと渡っていく。

 一人の男の人が、軽トラックとすれ違いながら、波止場からこっちへ駆けてくる。彼は、おれたちに向かってまっすぐに手を振っている。
「兄貴、あの人かな?」
「たぶんね。あ、こら、指差すな」
「悪ぃ悪ぃ」
「気を付けろよな」

 おれは帽子をかぶってリュックサックを背負い直して、駆けてくる彼のほうへと歩き出した。おれを追い越して飛んでいこうとした弟の首根っこをつかまえる。頭の中では、挨拶のシミュレーション。

 彼は、前もって聞いていたとおり、背が高くて優しげな印象だ。やせ型だけれど、日に焼けているから、貧相な感じはしない。おれが口を開くより先に、彼が話を切り出した。
「きみたちが、剣持兄弟だよね?」

 おれは帽子を取って頭を下げた。
「はい、ぼくは剣持有理人《けんもち・ユリト》です。こっちは弟の……」
「おれは陽太《ハルタ》!」
 ああ、バカ、丁寧語くらい使えよ。おれはハルタを押しのけて、よそ行きの笑顔を作り直した。

「越田昴《こした・スバル》さん、ですね?」
「うん、スバルです」
「突然お邪魔することになって、ご迷惑をおかけします。これから一週間、よろしくお願いします」

「迷惑なんて、全然。こちらこそ、よろしく。ぼくも楽しみにしていたんだよ。田宮《たみや》先輩から、ぼくのことは聞いてる?」
「うかがってます。田宮先生の、大学時代の研究室の後輩なんですよね? 工学部の機械工学科で流体力学の研究をしていたって。その経験を活かして、今は風力発電や海流発電の仕事をなさっているんでしょう?」

 田宮先生は、おれのクラスの担任だ。理科が専門の三十八歳。スバルさんは、田宮先生の二学年下の後輩らしい。でも、額がずいぶん後退している田宮先生に比べて、スバルさんはずっと若々しく見える。カッコいい顔立ちをした人だ。
 スバルさんはクスクスと、楽しそうに笑った。

「ユリトくんは、田宮先輩が言っていたとおりだね。中学三年生とは思えない逸材って。流体力学なんて言葉をサラッと口にするとは恐れ入った」
「え、いや、サイエンスというか物理学というか、そういう世界が好きなだけです。あ、田宮先生も本当は一緒に島に来たかったと言っていました」
「だろうね。先輩はこの島のこと、ずいぶん気に入ってくれていたから」

「スバルさんが担当されている発電用の設備にも興味津々でしたよ。よかったら、ぼくにも設備を見学させてください」
「大歓迎だよ。自分の専門分野に興味を持ってもらえるって、すごく嬉しいことだから」