これからここで語るのは、嘘の物語だ。わたしの経験してきた人生に似ているかもしれないし似ていないかもしれない、事実の種明かしをする予定のない、嘘の物語だ。

 主人公の名前を「蒼《あおい》」としよう。思い出のある名前なんだ。小学生のころに思い描いていた、人間のふりをして学校に通う人魚のストーリー。その主人公の名前が、蒼だった。
 そう、わたしは、小学生のころにはもう小説らしきものを書いていた。人生でいちばん初めに完成させたのは、五歳のころ、年上のいとこと一緒に作った絵本だ。うさぎのぬいぐるみを主人公にしたお話だった。

 わたしは山奥で生まれ育った。県内でもその一帯は独特な歴史を持っていて、山の神さまへの古い信仰がひっそりと残っていた。
 親の仕事の都合で、幼いころのわたしは、そんな不思議な山奥を転々と引っ越しした。ショッピングセンターがあるちょっと大きな町にも、テレビの電波が届かないくらいのいなかの村にも住んだ。

 二年か三年で次の場所に引っ越すとわかっていたから、友達付き合いはあっさりしておこうと決めていた。友達の家に遊びに行くことも、めったになかった。
 一人っ子だし、寂しくないのかと親に訊かれることもあった。わたしは「別に」と答えるだけだった。確かに、小学校に上がったばかりのころは寂しがりやだったかもしれない。でも、いつの間にか、寂しさという気持ちを忘れてしまった。

 子どものころのわたしは一人で勉強をして、一人でお話を書いて、一人で唄を歌って、過ごしていた。
 今やっていることも、あのころと似ている。わたしは自宅でライターの仕事をして、小説を書いてはウェブに公開したり賞に応募したりして、地方都市のインディーズロックバンドで歌っている。

 なんてね。
 ここまで書いてきた短いプロフィールの中でも、わたしはすでにいくつもの嘘を物語っている。
 本当のわたしは離島育ちで、隠れキリシタンの子孫だ。一人っ子ではなく、弟がいる。バンドを組んでいたのは学生時代のことで、今はカラオケで歌ったり、気まぐれにギターを弾いたりする程度だ。

 こんなふうに、わたしは嘘の物語を書き進める。事実ではないことも書く。
 けれども、蒼の青春はわたしのたどってきた道によく似ているから、どうやったってわたしの真実はにじみ出てしまうだろう。

 事実と真実は違う。事実を並べるだけでは、真実は隠されたままだ。嘘とも呼べる物語として描くことで、真実は初めて見えてくる。それが小説の醍醐味であり、おもしろさであり、恐ろしさでもある。
 わたしは、わたしの真実を書こう。普段は眠っている、毎日血を流していたころの自分を、この嘘の物語を書いている間だけ呼び起そう。

 始まりは、中学二年生の春。蒼であるわたしが山奥から都会へと引っ越した四月。
 蒼は、気が付いたときには、学校に行けなくなっていた。その日のことから書き起こそう。