「……矢野君。あの人なんかに負けないでね。もし負けて帰ってきたら、僕がひなたちゃんをもらうから」

 近江は俺に宣戦布告のようなものをして、先に教室に戻った。
 冗談を言っているようにも見えたけど、それに関係なく、天形には負けたくない。

 一人残された俺は、空を仰ぐ。

 ひなたが天形を嫌うきっかけを作るとアドバイスされたものの、どうすればいいのかわからない。

 近江はたしか、天形を怒るべきだと……怒るまではいかなくても、話は聞いてもいいかもしれない。

 アイツが何を思ってひなたを傷つけたのかを知らなければ、ひなたに天形の悪口を言っても、俺が嫌われるだけだ。

「俺が天形に会うか……」

 自分でもその結論に至ったことに驚く。

 だが、会って何を言えばいい?
 近江は、天形に文句を言えって言おうとしてたと思うけど……

 正直、文句はある。
 言いたいことだって、たくさんある。

 だけど、俺が言うことだろうか。
 俺が言ってもいいのか。

「……いいんだよ。どんな形であれ、ひなたは今、俺の彼女だ。連絡してくるなくらい言ってもいいだろ」

 俺は空になったペットボトルを捨て、教室に戻った。

「聖」

 すると、ひなたが俺の席に駆け寄って来た。