「うるせえよ」

 たった一言、低い声で言うと、会場は静寂に支配されてしまった。
 天形は私が持っていたマイクを隣の人に渡すと、私の手を引いてステージを降りた。

「おーい! 彼女間違ってるぞー! 金持ちと貧乏人のドラマかー?」

 それでも野次を飛ばしてくる司会者を無視し、天形は歩き続けた。

 無人の教室に着くと、天形は手を離した。

「なんであんなことしてたの」
「篠田さんに、喧嘩売られて……」

 私が怒られているような気がして、声が小さくなる。
 天形はため息をついた。

 また怒られると思って、目をそらす。

「泉のやつ……」

 違ったけど、涙がこぼれそうになる。
 堪えようとしたのに、重力には逆らえないというように頬に落ちた。

「え……」

 私の涙に気付いた天形は、目を見開いている。
 私は慌てて背中を向ける。

「えっと、大丈夫……?」

 鈍いのか、優しいのか、察しが悪いのか。


なんでもいいけど、一度出た勇気、このままなかったことにはしたくない。


「……天形、私の名前って知ってる?」
「知ってる、けど……」
「じゃあなんで、呼んでくれないの?篠田さんは下の名前で呼んでるのに。苗字すら呼んでくれたこと、ないよね?」