こうして俺のパーソナリティを目指す人生はスタートした。事務所に所属してレッスンを受ける日々。レッスンの前後にバイトを詰め込んだ。一日も早く、パーソナリティにならなければ。そんな思いが強くてガチガチに固められた俺は、とにかくがむしゃらに取り組んだ。
オーディションをいくつも受けたけれど、ひっかかることすらない。レッスンを受けても、そうじゃないと怒られる。この年になって、こんなにも怒られるとかダメ出しをされるとか、結構つらいものがある。だけど、俺がつらかろうが苦しかろうが、現実は何も変わらなかった。
「顔死んでんぞ」
そう言って声をかけてきたのは、同じ事務所のユージさん。この人はパーソナリティのエリートみたいなもので、事務所に入ってすぐのオーディションで合格を勝ち取り新人とは思えないほどの仕事をもらっていた。ユージさんの番組を聴けば、それも頷けた。頷けるどころか、感服するしかなかった。
聞きやすいトーンに、穏やかな口調。けれど強弱もあり、トークによってテンションも自在に操る。さらには巧みな表現をそれとなくトークに織り交ぜる。そんな言葉、どこで知ったんだ?という語彙力。生まれながらの天才。すごいという、尊敬の念しかなかった。いや、違う。尊敬の念と、羨ましいという思い。
「ユージさんってさ、トーク中、何考えてる?」
俺はレッスンのトーク中、色々なことを考える。どの答えを一番みんなは望んでいるのか。この話からどう展開していけばおもしろいのか。もっと聞きたいと思える返しはどういうものか。考えて考えて、途中でいつも混乱するんだ。俺は何を話したらいいのだろうって。
オーディションでもそうだった。目の前の審査員の表情を見れば明らかだった。目だけで分かってしまうものだ。「お前の話はつまらない」──と。
「トーク中……?考えるというか、浮かんでくるんだよ」
ユージさんは考えるように腕組みをして、そう言った。
「ふっ、はははっ……」
思わず笑いがこぼれると、彼は眉をしかめる。
「なんで笑うんだよ」
むっとする彼は、年上なのに幼く見える。だけど、彼には溢れんばかりの才能があって、きっとそれはどんな歳月をもっても、努力をもっても追いつくことなんかできない。不公平だよな、神様って。
「才能があって、うらやましいよ」
思ったままの言葉が口から零れた。その言葉を聞いたユージさんは、目を細めて俺に返す。
「お前だって、才能あるじゃん」
自分に才能があるから、そんなことを簡単に言えるんだ。経歴なんかなくたって、あっという間にチャンスをものにしたユージさん。努力しても努力しても、何の結果も出ない俺。誰がどう見たって、俺に才能があるなんて言えるはずがないのに。
しばらくして、ユージさんは事務所から独立して、フリーのパーソナリティになった。パーソナリティとして自立するというのは、そうたやすいことではない。自ら仕事を管理し、取ってこなければならない。責任だってすべて自分で負うことになる。けれど、ユージさんはそれが出来るほどの経歴を重ね、局側との信頼を築いていた。彼がそれを構築する間、俺はどう変わったかと言うと、何も変わっていなかった。バイトとレッスンに明け暮れる日々。毎週のようにオーディションを受けては不合格の通知を受け取る。同期たちはみな、小さいながらに仕事を獲得していって、キャリアを重ね始めていた。俺だけが、取り残される。
どれもこれも、才能がないせいだ。人間にはきっと、向き不向きというものがある。才能だって、人間にはきっと、なにかしらひとつくらいは備えられているのかもしれない。だけどその才能と、やりたいこと、が一致するひとはほんの一握りだ。そして俺は、明らかに一致しなかったタイプの人間だ。
俺の才能ってなんだろう。少なくとも、パーソナリティの資質ではないことだけは確かなようだ。このままでいいのだろうか。いつまでも、このままで。
独立してから、ユージさんと顔を合わせることはなくなっていた。
オーディションをいくつも受けたけれど、ひっかかることすらない。レッスンを受けても、そうじゃないと怒られる。この年になって、こんなにも怒られるとかダメ出しをされるとか、結構つらいものがある。だけど、俺がつらかろうが苦しかろうが、現実は何も変わらなかった。
「顔死んでんぞ」
そう言って声をかけてきたのは、同じ事務所のユージさん。この人はパーソナリティのエリートみたいなもので、事務所に入ってすぐのオーディションで合格を勝ち取り新人とは思えないほどの仕事をもらっていた。ユージさんの番組を聴けば、それも頷けた。頷けるどころか、感服するしかなかった。
聞きやすいトーンに、穏やかな口調。けれど強弱もあり、トークによってテンションも自在に操る。さらには巧みな表現をそれとなくトークに織り交ぜる。そんな言葉、どこで知ったんだ?という語彙力。生まれながらの天才。すごいという、尊敬の念しかなかった。いや、違う。尊敬の念と、羨ましいという思い。
「ユージさんってさ、トーク中、何考えてる?」
俺はレッスンのトーク中、色々なことを考える。どの答えを一番みんなは望んでいるのか。この話からどう展開していけばおもしろいのか。もっと聞きたいと思える返しはどういうものか。考えて考えて、途中でいつも混乱するんだ。俺は何を話したらいいのだろうって。
オーディションでもそうだった。目の前の審査員の表情を見れば明らかだった。目だけで分かってしまうものだ。「お前の話はつまらない」──と。
「トーク中……?考えるというか、浮かんでくるんだよ」
ユージさんは考えるように腕組みをして、そう言った。
「ふっ、はははっ……」
思わず笑いがこぼれると、彼は眉をしかめる。
「なんで笑うんだよ」
むっとする彼は、年上なのに幼く見える。だけど、彼には溢れんばかりの才能があって、きっとそれはどんな歳月をもっても、努力をもっても追いつくことなんかできない。不公平だよな、神様って。
「才能があって、うらやましいよ」
思ったままの言葉が口から零れた。その言葉を聞いたユージさんは、目を細めて俺に返す。
「お前だって、才能あるじゃん」
自分に才能があるから、そんなことを簡単に言えるんだ。経歴なんかなくたって、あっという間にチャンスをものにしたユージさん。努力しても努力しても、何の結果も出ない俺。誰がどう見たって、俺に才能があるなんて言えるはずがないのに。
しばらくして、ユージさんは事務所から独立して、フリーのパーソナリティになった。パーソナリティとして自立するというのは、そうたやすいことではない。自ら仕事を管理し、取ってこなければならない。責任だってすべて自分で負うことになる。けれど、ユージさんはそれが出来るほどの経歴を重ね、局側との信頼を築いていた。彼がそれを構築する間、俺はどう変わったかと言うと、何も変わっていなかった。バイトとレッスンに明け暮れる日々。毎週のようにオーディションを受けては不合格の通知を受け取る。同期たちはみな、小さいながらに仕事を獲得していって、キャリアを重ね始めていた。俺だけが、取り残される。
どれもこれも、才能がないせいだ。人間にはきっと、向き不向きというものがある。才能だって、人間にはきっと、なにかしらひとつくらいは備えられているのかもしれない。だけどその才能と、やりたいこと、が一致するひとはほんの一握りだ。そして俺は、明らかに一致しなかったタイプの人間だ。
俺の才能ってなんだろう。少なくとも、パーソナリティの資質ではないことだけは確かなようだ。このままでいいのだろうか。いつまでも、このままで。
独立してから、ユージさんと顔を合わせることはなくなっていた。