☆.。.:*・゜
出立の日は、いつだって慌ただしい。
正午を少し過ぎたころ、港の待合所で、ノイズ混じりの館内放送が、フェリーの乗船改札の開始を告げた。
あたしと良一がベンチから立ち上がったちょうどそのとき、明日実と和弘が陸上部の練習着のまま、待合所に駆け込んできた。
明日実が肩で息をしながら、満面に笑みを咲かせた。
「間に合ったぁ! 部活が終わった瞬間に飛び出してきたと。最後に顔ば見られてよかった!」
「練習のとき以上に本気出して走ってきたっぞ。ほんと、間に合ってよかった」
ひとしきり「よかった」と言ってから、明日実と和弘は、あたしたちを車で送ってきてくれた里穂さんに、ペコリと頭を下げた。里穂さんがにこやかに応じる。
明日実は、あたしと良一の顔を順繰りに見つめた。
「来てくれて、ありがとうね。真節小の最後のときに一緒におられて、嬉しかったし、心強かった。本当にありがとう」
和弘がうなずく。
「一日しか一緒におられんやったけど、楽しかった。真節小の校舎ば探検したこと、一生忘れんよ。結羽ちゃん、良ちゃん、ありがとう」
良一はかぶりを振った。
「おれのほうこそ。呼んでくれて、ありがとう。会えてよかった。学校探検して、海で泳いで、おいしいもの食べて、みんなと話して、元気になれた。東京に戻っても、また頑張れるよ」
明日実の微笑んだ唇が震えた。無理やり微笑み直した両目の端から、ポロリと涙がこぼれ落ちる。
「あー、もう、ごめん! 昨日から、うち、泣きすぎやね」
和弘が明日実の頭をポンポンと撫でた。和弘の目も、今にも決壊しそうに潤んでいる。
同じ場面を見たことがある。卒業式があって、閉校式があって、あたしと良一が小近島を離れた、あの三月だ。明日実は、笑おうとしながら泣いていた。和弘は、明日実をなぐさめながら泣いていた。
あの三月、あたしは、幼い時間を形づくっていた世界のほとんどを、いっぺんに失った。小近島の家も、学校も、同級生も、もうあたしのそばには存在しない。自分という存在は、空っぽな世界に立つ一本きりの柱だった。
あたしと同じ気持ちを、きっと良一も味わった。明日実と和弘は、小近島を舞台とする世界から、大事な柱を何本も引き抜かれてしまった。
すごく、すごく心が痛くて、どれだけ泣いたって追い付かないけれど、仕方ないんだってこともわかっていた。あたしたちはそれぞれ、黙って耐えた。駄々をこねずにあきらめて、失ったものの大きさに背を向けるように、必死で前へ進もうとした。
四年経った。体は四年ぶん成長した。でも、無力感は変わらない。仕方ない状況も、あたしたちの力じゃ、くつがえせない。
さらに四年後だったら、どうだろう? あたしたちは、それぞれ選んで進む道の途中で、今よりは強い力を手に入れているんだろうか?
出立の日は、いつだって慌ただしい。
正午を少し過ぎたころ、港の待合所で、ノイズ混じりの館内放送が、フェリーの乗船改札の開始を告げた。
あたしと良一がベンチから立ち上がったちょうどそのとき、明日実と和弘が陸上部の練習着のまま、待合所に駆け込んできた。
明日実が肩で息をしながら、満面に笑みを咲かせた。
「間に合ったぁ! 部活が終わった瞬間に飛び出してきたと。最後に顔ば見られてよかった!」
「練習のとき以上に本気出して走ってきたっぞ。ほんと、間に合ってよかった」
ひとしきり「よかった」と言ってから、明日実と和弘は、あたしたちを車で送ってきてくれた里穂さんに、ペコリと頭を下げた。里穂さんがにこやかに応じる。
明日実は、あたしと良一の顔を順繰りに見つめた。
「来てくれて、ありがとうね。真節小の最後のときに一緒におられて、嬉しかったし、心強かった。本当にありがとう」
和弘がうなずく。
「一日しか一緒におられんやったけど、楽しかった。真節小の校舎ば探検したこと、一生忘れんよ。結羽ちゃん、良ちゃん、ありがとう」
良一はかぶりを振った。
「おれのほうこそ。呼んでくれて、ありがとう。会えてよかった。学校探検して、海で泳いで、おいしいもの食べて、みんなと話して、元気になれた。東京に戻っても、また頑張れるよ」
明日実の微笑んだ唇が震えた。無理やり微笑み直した両目の端から、ポロリと涙がこぼれ落ちる。
「あー、もう、ごめん! 昨日から、うち、泣きすぎやね」
和弘が明日実の頭をポンポンと撫でた。和弘の目も、今にも決壊しそうに潤んでいる。
同じ場面を見たことがある。卒業式があって、閉校式があって、あたしと良一が小近島を離れた、あの三月だ。明日実は、笑おうとしながら泣いていた。和弘は、明日実をなぐさめながら泣いていた。
あの三月、あたしは、幼い時間を形づくっていた世界のほとんどを、いっぺんに失った。小近島の家も、学校も、同級生も、もうあたしのそばには存在しない。自分という存在は、空っぽな世界に立つ一本きりの柱だった。
あたしと同じ気持ちを、きっと良一も味わった。明日実と和弘は、小近島を舞台とする世界から、大事な柱を何本も引き抜かれてしまった。
すごく、すごく心が痛くて、どれだけ泣いたって追い付かないけれど、仕方ないんだってこともわかっていた。あたしたちはそれぞれ、黙って耐えた。駄々をこねずにあきらめて、失ったものの大きさに背を向けるように、必死で前へ進もうとした。
四年経った。体は四年ぶん成長した。でも、無力感は変わらない。仕方ない状況も、あたしたちの力じゃ、くつがえせない。
さらに四年後だったら、どうだろう? あたしたちは、それぞれ選んで進む道の途中で、今よりは強い力を手に入れているんだろうか?