あたしの言葉に、良一はキョトンとして、それから笑い出した。
「物理的に邪魔にならないようにすれば、近くにいていいってこと?」
「そんなふうには言ってない」
「そんなふうに聞こえた」
「言ってないって」

 あたしはギターを取り出した。良一は離れていかない。ギターのチューニングをするあたしの顔を、すぐそばからのぞき込んでくる。
「結局、返事は保留?」
「何の返事?」

「おれと付き合って」
「しつこい」
「そりゃ、当然でしょ。はぐらかされて、あきらめられるわけがない」
「売り出し中のモデルのくせに、そういうの、まずいんじゃないの?」
「誰もが応援したくなる純愛ストーリーだと思うけど?」
「勝手に言ってろ」

 良一の体温が邪魔だけど、仕方ない。あたしは弾き語りを始める。万人受けする純愛ソングなんか、絶対に作らない。あたしには、ほかに歌いたい唄がある。あたしにしか書けない唄がある。

 今まであたしが見てきた風景、感じてきた潮風、聞いてきた潮騒、抱えてきた思い出も痛みも、立ち止まった経験さえも全部、あたしは唄にしたい。
 昨日よりも今日、ハッキリと見えている。しっかりとつかんでいる。あたしがなぜ歌いたいのか。何を歌いたいのか。

 真節小が最後に、思いっ切り、突き動かしてくれた。ここが限界だと、あたしが勝手に決めてしまったところを、ガツンとぶち破ってしまえばいいんだって。できないかもしれないって、立ち尽くして嘆くより、できなくてもいいから、走り出してみろって。

 弾きたくて、歌いたくて、疲れ果てた体が悲鳴を上げているのを無視して、あたしはギターを掻きむしる。ちょっと笑っちゃうほど、運指はボロボロだ。
 良一も、いつの間にかウトウトし始めていた。寄り掛かられて、びっくりして、あたしはギターを弾く手を止めた。

「ちょっと!」
「んー……」
「んーじゃない! 寝ぼけないでよ!」

 邪魔だし、重いし、暑いし、ギターは弾けないし、コンクリートの階段の上だから危ないし。もう、今夜は仕方ない。あたしは良一を揺さぶって起こして、夏井先生の家へ帰ることにした。