キスしているんだという状況が、唐突に理解できた。心臓が跳ねた。息が止まった。驚きすぎた体が動いてくれない。頭が真っ白だ。ただ、全身に急速に広がる熱だけを、ハッキリと感じる。

 時間の感覚が飛んでいた。何秒間のできごとだったのか、全然、数えられなかった。
 良一の唇が、そっと離れた。かすれ声がつぶやく。
「ヤバ……苦しい。息、できなかった」

 良一が手を引っ込めた。あたしの頬が置き去りにされる。夜風が肌に触れると、ほてっているのがよくわかった。
 あたしはそっぽを向かなかった。向けなかった。見つめてくる良一の目に留め付けられて、そのまま動けない。

 良一が一つ、肩で息をした。
「おれ、今までの人生でいちばんドキドキしてる。結羽にも、おれがドキドキしてること、さすがに伝わっただろ?」

 早口のささやきに、うなずかざるを得ない。心臓って、こんなにドキドキするんだ。走ったわけでもないのに。
 良一がかすかに眉をひそめて、切ない表情をした。息を吸って、口を開けて、唇が動きかけて、言葉が空振りするみたいに、息だけが吐き出される。

 もう一度、良一は肩で息をした。そして言った。
「好きだ」
 言葉がまっすぐ、あたしの心臓にぶつかった。

 ダメだ。閉ざさなきゃ。感情が動きすぎる前に、鎧を着けて、顔を背けて、耳をふさいで、センサーを鈍らせなきゃ。
 だけど、間に合わない。良一が言葉を紡ぐほうが、あたしよりも素早い。

「結羽のことが、好きです。小学生のころも好きだった。大事な初恋の思い出だった。再会して、また好きになった。高校生の、ほっとけない雰囲気の結羽を、今のおれの心で好きになった」

 聞きたくない。理解が追い付かない。
 好きって何だ。恋って何だ。どうしてキスしたの。あたしに何を告げたいの。
 昔から感情を閉ざす方法を知っていた。無防備じゃない心は、きっと育ち方を間違ったんだと思う。あたしには、良一が言う「好き」がよくわからない。