あたしはいじめを止めたかった。
 そもそも、いじめというものが理解できない。気に食わないというなら、相手を意識の内側に置いてしつこく悪意を持ち続ける必要なんかないと思う。悪意を持つって、すごくエネルギーを使うことだ。嫌いな人のために、なぜエネルギーを使えるの?

 いじめを止めたかった。本当に、それだけだった。自分の発言がきっかけで始まってしまったいじめだから、なおさらだった。
 それなのに、あたしはどうして、あんなおかしな言い方しかできなかったんだろう?

「目の前でいじめるの、やめてくれる? すごい不愉快」
 だから、あたしの前でのいじめは消えた。陰でいろいろ起こっているのは、肌で感じられた。あたしの目からどうやっていじめを隠そうかって、それすらゲームみたいに楽しんでいる空気があった。

 いじめを止めたかった。次の月曜には必ず担任に相談しようと決めた週から、彼女は学校に来なくなった。それが一学期の終わりごろ、七月上旬。
 夏休みを挟んで、二学期。彼女はやっぱり学校に来なかった。そして、秋が深まるころ、学校からうちに呼び出しの電話がかかった。

 彼女にとって、あたしはいじめの発端の憎むべき相手だった。仲良くしていたはずなのに、いきなり手のひらを返した最悪の敵だった。
 ごめんなさいって、心から本当にそう思った。それ以上に強く、あたしは自分を憎んだ。あのときを境に、うちの家族の中にあったいろんなものがどんどん壊れていって、二年半以上、修復できていない。

 あたしが言葉を切ると、良一が口を開いた。
「結羽は、誤解されただけじゃん。いじめの首謀者なんかじゃないし、加担もしてないし、傍観者でもない。むしろ、やめろって言って、いじめを止めようとしたんだろ?」

「いじめの定義って知ってる?」
「定義?」
「それをされてる側がつらいと感じたら、いじめなんだよ。いじめられた子が、あたしをいじめの発端だと言った。それで十分にあたしの罪は成立する。あたしは直接手を下してないけど、いじめのリーダー格みたいなものだと、その子もその子の親も思ってた」

「理不尽だよ」
「あたしの立場で理不尽とか言って、誰が信用してくれる? あたしには影響力があった。クラスのカーストのトップほどじゃないとしても、あたしはカーストの外にいて、特別だった。あたしは、自分で自分を理不尽なところに立たせたんだ」