あたしはギターと荷物を部屋の隅に置いた。料理をする里穂さんを手伝おうと思ったけれど、夏井先生のほうが素早くて、もう食卓は整っている。
 冷やしうどんは細めの麺で、コシが強い。新鮮そうに紅色がかって透き通る刺身は、チヌという、海底の岩の隙間に住む魚。サラダの野菜は、庭の畑で獲れたものだ。

 里穂さんが、食べようか、と声をかける。
 良一は、テーブルのそばのバッグからデジカメを取り出した。里穂さんに断りを入れる。

「食卓の写真、撮ってもよかですか?」
「よかよ。いなか料理で、お粗末さまやけど」
「ごちそうですよ。こんな新鮮な魚や野菜、東京では食べられんけん」

 良一はデジカメを起動して、光のバランスなんかを調整して、食卓の写真を撮った。すぐさま画面で、撮ったばかりの写真を確認する。夏井先生は、興味深そうに良一の手元をのぞき込んだ。

「良一くん、慣れちょっね。仕事で使うと?」
「はい、仕事の一環ですね。SNSとか動画配信とか、それなりに頑張ってみちょって、そのためにカメラの使い方もけっこう覚えました。おもしろかとですよ、カメラって。将来的には、撮られる側じゃなくて、撮る仕事もやってみたかとです」

 デジカメを扱う良一の手の形は、大人で、男だ。関節が大きくて指が長い。その手は何気ない格好を装いながらも、どことなく、トレーニングの成果をまとわりつかせている。モデルとしてのポージング。美しくて、ひどく整えられていて。
 知らないやつがいる、と思った。あたしの知っている良一じゃないみたいだ。