良一は体勢を変えて、あたしに左半身を向けた。Tシャツの袖をまくる。白くて細い二の腕に、翼を生やした十字架の紋章があった。

「タトゥー?」
「うん、中学時代に彫った。おれの新しい兄がアメリカに留学してて、そっちに遊びに行ったとき、傷痕をわからなくする方法があるよって」

 良一の十字架は、黄色から朱色にかけての、肌になじむ色味で描かれている。ちょっと驚いたけれど、タトゥーのデザインそれ自体からは、どぎつい印象を受けない。サイズも小さめだ。

「でも、中学生でタトゥーって。無茶するね」
「新しい両親は苦笑いだよ。だけど、二人とも海外生活の経験があってタトゥーをよく見てたから、傷を隠すためって説明したら、兄弟そろって怒られるなんてことはなかった。おれも肩を噛む癖がなくなったし」

「噛んでたんだ?」
「小近島を離れて、噛み癖が再発した。両親にも気付かれてたみたいで、心配かけてたらしいんだ。子どもっぽい噛み痕よりは、クリスチャンらしいタトゥーを彫ってあるほうが、ずっと見栄えがいいよね。撮影のときは写らないように、微妙に気を遣うけど」
 良一は袖をもとに戻した。

「新しい家族とはうまくいってるんだね」
「今の家族とは、きっと一生の付き合いになるよ。小近島の慈愛院も恵まれた環境だったけど、家庭っていうのとは違ってたし。今の家族と出会って、最初は戸惑った。でも、やっぱりよかったなって思う。結羽のご両親みたいな、尊敬できる人たちだよ」

 ズキン、と鋭い痛みが胸に走った。そんな気がした。
「あたしの両親は素晴らしい人間だよ。知ってる。なのに、あたしはこんな人間って、笑えるよね。あたしなんて、存在するだけで親に迷惑かけてる。親の名誉を傷付けてる」

「そんな言い方するなよ」
「するよ。あたしはお金を稼いでなくて、高校の学費を出してもらってるし、家に住ませてもらってる。厄介者のお荷物だよ。さっさと自立したい。親はそんな言い方しないけど、あたしはそんなふうに思ってしまってるの」

 良一は口を開きかけた。でも、何も言わない。
 あたしは膝を抱えた。ああ、ダメだなって感じた。スイッチが入ってしまった。しゃべってしまう。抑えておくべきはずの言葉、石にして固めておいたはずの言葉が、スイッチひとつで動き出して、勝手に口を突いて出ていってしまう。

 もとに戻れ。黙っていろ。命じてみても、言葉は、落ち着こうとしない。あたしは語り出してしまった。