六畳間にはテーブルと四人ぶんの座布団が置かれて、テーブルの上には皿や箸がセットされている。里穂さんは、いそいそと台所から料理を運んできた。

「お昼ごはん、すぐに食べられるごと、準備しちょったとよ。冷やしうどんとお刺身とサラダ。結羽ちゃん、嫌いな食べ物、ある?」
「ないです」

 座布団も、皿と箸も、四人ぶんある。もう一人、誰かいるの?
 あたしが眉間にしわを寄せたときだった。麦茶のコップを載せたお盆を手に、台所から、背の高い男の人が出てきた。口元に、形のいい笑みを浮かべている。

 パッと見の印象が落ち着いていたせいで大人のように思ったけれど、その実、男の子っていう年ごろだった。あたしと同い年くらいの。
 いや違う、と、またすぐにあたしは気付く。同い年くらいじゃなくて、ジャスト同い年だ。そして、あたしはそいつの正体を知っている。

「良一」

 真節小で同じクラスだった良一だ。当時とは名字が変わって、確か、今は朝比奈《あさひな》良一。ずいぶん背が伸びている。あたしだって百七十近くあるのに、思いっ切り見上げなきゃいけない。
 良一は一瞬、まぶしそうに目を細めて笑った。それから、口元だけの微笑みに戻して、麦茶のお盆をテーブルの上に置いた。改めて、あたしの正面に立つ。

「久しぶりたい、結羽。元気にしちょった?」

 見下ろされている。良一の体つきは華奢なくらいに細いから、長身の割に、圧迫感はないけれど。イケメンって、こういうやつのことをいうんだろう。きれいな造りの顔はキュッと小さく、首も手足もすんなりと長い。
 良一はただの高校生じゃない。仕事をしている。売り出し中のモデルだ。細くてきれいなイケメンなのも当たり前。普段は東京に住んでいるらしい。

「元気って……別に普通」
 あたしは良一から目をそらした。

 人の目を見て話すのは、中学に上がってから、嫌いになった。気が付いたら、嫌いにさせられていた。
 あたしは、親しみやすい雰囲気を作るのが下手なんだって。怖いとか強いとかクールとかって言われて、そのイメージが定着した。あたしは「笑わない人」というキャラクターとして、役柄を造り上げられてしまった。

 良一がクスッと笑った。
「不思議な感覚やね。結羽が高校生になっちょる」

 あんただってそうだ。良一のそんな声、低く落ち着いた声なんて、聞いたこともないし、想像もできなかった。
 だけど、同時に、間違いなく良一だっていうこともわかる。息の感じとか、笑いを含んだリズムとかが、子どもの声でしゃべっていたころのままだ。