突然、和弘に左腕を引っ張られた。そのまま海面へ連行される。海から顔を出した。空気がおいしい。
「結羽ちゃん、手! 血、めちゃくちゃ出たろ!」
「そこまで深い傷じゃないと思うよ」
「深かったよ! 岩で切ったろ? 海の傷は化膿しやすかけん、手当てしたほうがよか。上がろう」
「このくらい平気」
「傷、見せて」
あたしは和弘のほうに右手を差し出した。
海面から持ち上げた途端、急に潮がしみて、たった今刺されたかのように、傷が痛んだ。あたしは思わず、うめいた。手首の血管が脈を打つたびに、ずぅんと低く響く痛みが、燃えるように熱を帯びる。
和弘は、視界を狭める水中眼鏡を額にずらして、あたしの手首の傷に顔を寄せた。
「血、止まっちょらんたい。痛むやろ?」
「少し」
「やせ我慢すんな」
「別に」
「手首、すげー細か。あのさ、結羽ちゃん、イヤかもしれんけど……ごめん、ちょっと、しばらくこのまま、じっとしちょって。止血せんば」
和弘は、たらたらと血を流し続ける傷口の上を、きつくつかんだ。力が強い。血管を圧迫された右手は、みるみるうちに痺れていく。
ひんやりした海の中にいたのに、和弘の手は、何でこんなに体温が高いんだろう?
あたしは、水中眼鏡を額のほうに押し上げた。砕けた波のかけらが跳ねて、頬が濡れる。冷たくて気持ちがいい。
和弘の呼吸の音が聞こえる。和弘は、あたしの手首をつかんだ自分の手だけを、じっと見ている。
あたしは和弘を見ている。濡れた髪、日に焼けた肌、濃いまつげ、くっきりした二重まぶた、どんぐりまなこ、ガッシリした鼻、厚みのある唇。
ああ、と、小さく和弘がうめいた。
「無理や。今、めちゃくちゃ恥ずかしか。結羽ちゃん、平気?」
「何が?」
「いろいろ。動画のコメントのこととか、初恋っち告白してしまったこととか。それがあって、今、こげん距離で、何か……頭、おかしくなりそう」
あたしはため息をついた。
「手、放してよ」
「ごめん。変な気は起こさんけん、もうしばらく、このまま手当てさせて。血が止まってから放す」
和弘の手のひらの内側で、あたしの腕の血管がどくどくと音を立てているのがわかる。痛むか、と和弘に訊かれて、あたしはかぶりを振った。
「今はそんなに痛くない。だんだん感覚が鈍ってきた感じ」
「止血できたら、海から上がろう。自転車のカゴに応急処置の道具ば入れちょっけん、水浴びして、すぐ消毒せんば」
「もう上がるの?」
「サザエも十分、採ったやろ。網、ほとんどいっぱいになっちょったい」
和弘が指差す先では、波間にぷかぷか浮かぶウキに、サザエを入れた網がぶら下がっている。だいたい七分目まで、サザエ、詰めたんだっけな。そういえば、泳ぎ始めてから、どれくらいの時間がたったんだろう?
「結羽ちゃん、手! 血、めちゃくちゃ出たろ!」
「そこまで深い傷じゃないと思うよ」
「深かったよ! 岩で切ったろ? 海の傷は化膿しやすかけん、手当てしたほうがよか。上がろう」
「このくらい平気」
「傷、見せて」
あたしは和弘のほうに右手を差し出した。
海面から持ち上げた途端、急に潮がしみて、たった今刺されたかのように、傷が痛んだ。あたしは思わず、うめいた。手首の血管が脈を打つたびに、ずぅんと低く響く痛みが、燃えるように熱を帯びる。
和弘は、視界を狭める水中眼鏡を額にずらして、あたしの手首の傷に顔を寄せた。
「血、止まっちょらんたい。痛むやろ?」
「少し」
「やせ我慢すんな」
「別に」
「手首、すげー細か。あのさ、結羽ちゃん、イヤかもしれんけど……ごめん、ちょっと、しばらくこのまま、じっとしちょって。止血せんば」
和弘は、たらたらと血を流し続ける傷口の上を、きつくつかんだ。力が強い。血管を圧迫された右手は、みるみるうちに痺れていく。
ひんやりした海の中にいたのに、和弘の手は、何でこんなに体温が高いんだろう?
あたしは、水中眼鏡を額のほうに押し上げた。砕けた波のかけらが跳ねて、頬が濡れる。冷たくて気持ちがいい。
和弘の呼吸の音が聞こえる。和弘は、あたしの手首をつかんだ自分の手だけを、じっと見ている。
あたしは和弘を見ている。濡れた髪、日に焼けた肌、濃いまつげ、くっきりした二重まぶた、どんぐりまなこ、ガッシリした鼻、厚みのある唇。
ああ、と、小さく和弘がうめいた。
「無理や。今、めちゃくちゃ恥ずかしか。結羽ちゃん、平気?」
「何が?」
「いろいろ。動画のコメントのこととか、初恋っち告白してしまったこととか。それがあって、今、こげん距離で、何か……頭、おかしくなりそう」
あたしはため息をついた。
「手、放してよ」
「ごめん。変な気は起こさんけん、もうしばらく、このまま手当てさせて。血が止まってから放す」
和弘の手のひらの内側で、あたしの腕の血管がどくどくと音を立てているのがわかる。痛むか、と和弘に訊かれて、あたしはかぶりを振った。
「今はそんなに痛くない。だんだん感覚が鈍ってきた感じ」
「止血できたら、海から上がろう。自転車のカゴに応急処置の道具ば入れちょっけん、水浴びして、すぐ消毒せんば」
「もう上がるの?」
「サザエも十分、採ったやろ。網、ほとんどいっぱいになっちょったい」
和弘が指差す先では、波間にぷかぷか浮かぶウキに、サザエを入れた網がぶら下がっている。だいたい七分目まで、サザエ、詰めたんだっけな。そういえば、泳ぎ始めてから、どれくらいの時間がたったんだろう?