あたしと和弘は、お互いの姿が見える範囲で潜っている。海底の和弘が、ふと、あたしを手招きした。あたしはそっちに泳いでいく。
 和弘は、そこ、と指を差した。岩と岩が重なり合った奥のほうに、かなり大きなサザエが見える。サザエのそばには、長いトゲを備えたオンガゼというウニがいて、ゆらゆらと、トゲを波に遊ばせている。

 岩の隙間はけっこう狭い。和弘の筋肉の付いた腕は、きっと入らない。水中眼鏡の視界ではわかりにくいけれど、目を凝らすと、どうやら、毒を持つオンガゼのトゲはサザエよりも奥にあるようだ。

 チャレンジしてみる、と、あたしは和弘にジェスチャーした。和弘がうなずく。
 あたしは岩の隙間に右手を伸ばした。ギリギリだ。でも、どうにか入る。指先がサザエに触れた。もう少し奥まで腕を入れて、サザエをつかむ。手応えあり。中身の入った、生きたサザエだ。

 岩の隙間から腕を引き抜こうとした、そのときだった。不意に、冷たい波のかたまりがあたしを包んだ。波が揺れる。あたしの体が、ふわりと持っていかれる。

 あっ、と思った。

 まだ岩の隙間にある右の手首が、岩に触れた。岩には、欠けて割れたカキの殻がくっついていた。ナイフのきっさきみたいに尖った殻の残骸が、音もなく、あたしの手首の皮膚を切り裂いた。

 ぶわっ、と血の花が咲いた。
 きれいだ。

 あたしは見惚れた。痛みは、その後でやって来た。鈍い痛みだった。ずぅん、と腕の芯に低く響くような。
 でも、痛みなんか気にならなかった。そこにある光景が、やっぱりきれいだったから。

 指先でサザエをつかんだままの右手が、半透明な赤い帯を引いている。海底を時おり走り抜ける冷たい波のかたまりが、あたしの手首から流れる血を、ゆらゆらとさらっていく。
 きれいだった。もっと見ていたいし、もっとたくさんの赤が流れていけば、もっときれいなはずだ。透明な海水越しに、あたしは光景を見つめていた。