あたしはじたばた暴れて、良一を突き放した。良一の腕が、あっさり外れる。手のひらが追い掛けてきたけれど、払いのけた。海の中で動くのは、良一よりあたしのほうがはるかに得意だ。水を蹴って、良一から離れる。
息を吸う暇もなかったから、すぐに限界がきて、あたしは海面に顔を出した。
良一はあたしより先に、防波堤の近くに浮上していた。へらへら笑っている良一に、あたしは腹が立った。
「こ、この……バカ!」
舌がちゃんと回らない。なぜ自分が怒っているのか、情報処理をするスピードが間に合っていない。
防波堤の上から、和弘の声が降ってきた。
「おーい、結羽ちゃん、良ちゃん。装備なしじゃ泳げんやろ。水中眼鏡と足ヒレ落とすけん、頭上注意な。あと、カメラ、そろそろ止めるけん。良ちゃんのバッグに入れちょくぞ」
それから、予告どおり、あたしと良一、それぞれのすぐそばに、水中眼鏡と足ヒレが降ってきた。水中眼鏡が沈んでいかないうちに、さっと拾う。あたしのそばに飛ばされた足ヒレは、靴を履いたままいけるタイプだった。
最後に、あたしたちの頭上を跳び越えて、和弘が降ってきた。派手な水しぶきがあがる。ザバッと海面に顔を出した和弘は、足ヒレを付けようとして不安定な体勢の良一を、ころんと引っくり返した。
「わ、和弘、何するんだよ?」
「何するんだよは、おれが言うせりふ。さっきのあれはアウトやろ。良ちゃん、エロすぎ」
「いや、ちょっと待って、何で和弘が怒るんだよ」
「せからしか! 結羽ちゃんに謝れ、この!」
和弘は豪快に、良一に水をかけた。良一は、慌てたり笑ったり忙しい。バシャバシャやるうちに、和弘も笑い出している。
小学生時代と変わらない騒ぎ方の二人を、あたしはただ眺めていた。良一への怒りは、何が原因なのかがわからないまま、急速にしぼんで消えてしまった。良一と和弘が話題にしたのはあたしのことなのに、二人の声がひどく遠い。
波に隠れて、つぶやいてみる。
「あたし、やっぱ、狂ってんのかな」
一つだけハッキリわかるのは、明日実や良一に抱き付かれたときに息が止まるほど驚いた理由だ。
他人の体温というものの壊れやすそうな柔らかさに、ゾッとしてしまった。あたしなんかが触れたら、それだけでバラバラに壊れてしまうんじゃないかと感じて、怖くて、さっさと離れてほしくて。
少し沖まで出ていた明日実が、水中眼鏡を付けた顔で平泳ぎしてきた。
「サザエ、けっこうおるよ。和弘、網、持ってきちょる?」
「あいよ」
和弘は、どこからともなく、大きな巾着袋の形をした網を取り出して、明日実に渡した。明日実は、網をつかんだこぶしを突き上げた。
「これいっぱいになるまで泳ぐぞ!」
ようやく足ヒレを付けた良一が、目を丸くした。
「そんなにたくさんいる?」
「この潮の割に、けっこう表に出てきちょっよ。あ、良ちゃん、海藻」
明日実は、波間に漂う海藻をつかんで、良一に手渡した。受け取った良一は、海藻で水中眼鏡のレンズを拭く。こうしておくと、レンズが曇りにくい。海藻は、良一の手から和弘に渡って、和弘からあたしに回ってくる。
息を吸う暇もなかったから、すぐに限界がきて、あたしは海面に顔を出した。
良一はあたしより先に、防波堤の近くに浮上していた。へらへら笑っている良一に、あたしは腹が立った。
「こ、この……バカ!」
舌がちゃんと回らない。なぜ自分が怒っているのか、情報処理をするスピードが間に合っていない。
防波堤の上から、和弘の声が降ってきた。
「おーい、結羽ちゃん、良ちゃん。装備なしじゃ泳げんやろ。水中眼鏡と足ヒレ落とすけん、頭上注意な。あと、カメラ、そろそろ止めるけん。良ちゃんのバッグに入れちょくぞ」
それから、予告どおり、あたしと良一、それぞれのすぐそばに、水中眼鏡と足ヒレが降ってきた。水中眼鏡が沈んでいかないうちに、さっと拾う。あたしのそばに飛ばされた足ヒレは、靴を履いたままいけるタイプだった。
最後に、あたしたちの頭上を跳び越えて、和弘が降ってきた。派手な水しぶきがあがる。ザバッと海面に顔を出した和弘は、足ヒレを付けようとして不安定な体勢の良一を、ころんと引っくり返した。
「わ、和弘、何するんだよ?」
「何するんだよは、おれが言うせりふ。さっきのあれはアウトやろ。良ちゃん、エロすぎ」
「いや、ちょっと待って、何で和弘が怒るんだよ」
「せからしか! 結羽ちゃんに謝れ、この!」
和弘は豪快に、良一に水をかけた。良一は、慌てたり笑ったり忙しい。バシャバシャやるうちに、和弘も笑い出している。
小学生時代と変わらない騒ぎ方の二人を、あたしはただ眺めていた。良一への怒りは、何が原因なのかがわからないまま、急速にしぼんで消えてしまった。良一と和弘が話題にしたのはあたしのことなのに、二人の声がひどく遠い。
波に隠れて、つぶやいてみる。
「あたし、やっぱ、狂ってんのかな」
一つだけハッキリわかるのは、明日実や良一に抱き付かれたときに息が止まるほど驚いた理由だ。
他人の体温というものの壊れやすそうな柔らかさに、ゾッとしてしまった。あたしなんかが触れたら、それだけでバラバラに壊れてしまうんじゃないかと感じて、怖くて、さっさと離れてほしくて。
少し沖まで出ていた明日実が、水中眼鏡を付けた顔で平泳ぎしてきた。
「サザエ、けっこうおるよ。和弘、網、持ってきちょる?」
「あいよ」
和弘は、どこからともなく、大きな巾着袋の形をした網を取り出して、明日実に渡した。明日実は、網をつかんだこぶしを突き上げた。
「これいっぱいになるまで泳ぐぞ!」
ようやく足ヒレを付けた良一が、目を丸くした。
「そんなにたくさんいる?」
「この潮の割に、けっこう表に出てきちょっよ。あ、良ちゃん、海藻」
明日実は、波間に漂う海藻をつかんで、良一に手渡した。受け取った良一は、海藻で水中眼鏡のレンズを拭く。こうしておくと、レンズが曇りにくい。海藻は、良一の手から和弘に渡って、和弘からあたしに回ってくる。