良一は立ち泳ぎをして、防波堤の階段のほうを目指した。いったん上がってくるつもりらしい。階段には、フジツボやカキの殻がびっしりくっついている。はだしでは危ないから、明日実が足ヒレを一組、良一のそばに落としてやった。

 明日実はクスクス笑った。
「良ちゃん、楽しそうやね。ねえ、結羽?」
「そうだね」
「結羽も泳ごうって。楽しかよ」
「あたしは楽しくなくていいの」
「えーっ」

 明日実は、自分のポケットの中に何も入っていないのを確認して、スマホの入ったバッグの口を丁寧に閉じた。明日実のバッグは、良一のバッグのそばに置かれる。
 あたしは、まだ何か言いたそうな明日実から顔を背けた。それが失敗だった。目を離しちゃいけなかった。
 明日実はいきなり、後ろからあたしに抱き付いた。

「えいっ、つかまえた!」
「ちょ、な……っ!」

 明日実の柔らかい体温に、あたしは息が止まって動けない。明日実の手は素早く、あたしの体じゅうをさわった。
「中身が入ってるの、パーカーのポケットだけかな。これ脱いだら、海に入れるやろ?」

 あっという間にファスナーを下ろされて、パーカーをはぎ取られた。下はタンクトップだ。肩や二の腕が潮風に触れて、すーすーする。
「ちょっと、明日実!」

 明日実はケラケラ笑って、あたしのパーカーをザッとたたむと、良一のバッグのそばに投げ出した。水中眼鏡と足ヒレをつかんで、防波堤の突端から海へ飛び込む。

 あたしは左肩を押さえて、パーカーを羽織り直そうとした。でも、またしても後ろから腕を取られた。強い力で羽交い締めにされて、体の自由を封じられる。
 ずぶ濡れの体。高い体温。頭上に降ってくる笑い声。良一だ。

「行こうよ、海。結羽は泳ぐの好きだろ」
「は……っ!」

 放せ、と叫んだつもりなのに、声が出なかった。明日実のふわっと柔らかい体とは全然違う、硬くて弾力のある体の感触。細い腕は、だけど、骨がガッツリと太くて、まったく振りほどけそうにもない。
 和弘がカメラを手にしたまま、こっちを向いてポカンと棒立ちになっている。
 動けないあたしとは裏腹に、良一はハイテンションの余裕しゃくしゃくで、カメラに笑ってみせた。

「今から、素直じゃない結羽を、海へ強制連行しまーす!」
 背中に笑いの振動が伝わってきた。全身がカッと熱くなる。次の瞬間、足が宙に浮いた。良一はあたしを羽交い締めにしたまま、日差しに熱せられたコンクリートを蹴って、海へと跳んだ。

 空中にいる短い間に、羽交い締めがほどけて、ギュッと抱きしめられた。
 海に落ちる。二人ぶんの体重で、ずぶずぶと沈む。